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与謝野鉄幹ほか「五足の靴」 白秋、杢太郎…新星たちの九州紀行【あの名作その時代シリーズ】

8/19(月) 18:00配信 有料

西日本新聞

5人が歩いた天草の道。木立の間で海が輝く

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は07年3月11日付のものです。

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 〈五足の靴が五個の人間を運んで東京を出た〉と始まる紀行文「五足の靴」(一九〇七年)の前文は、五人をこう語る。〈皆ふわふわとして落ち着かぬ仲間だ〉と。

 当然だろう。九州西部のキリシタン史跡を約一カ月かけて旅し、紀行文をリレー形式で新聞に連載した五人の詩人・歌人のうち、引率の与謝野鉄幹を除けば、北原白秋、木下杢太郎、吉井勇、平野万里は鉄幹が興したばかりの新詩社の機関誌「明星」に寄った若き学生たちである。

 日清戦争に続いて、西洋列強に日本の存在を示した日露戦争の終結が一九〇五年。ロシアに賠償金を負わせない講和条約への不満がくすぶり、講和破棄・戦争継続を求める声さえまだあった。「ふわふわと落ち着かぬ」。近代日本もまだ十分に若かった。

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 それから約三十年の時が流れ、講和によって得た南満州鉄道で満州事変が起き、日本は泥沼の戦争に突入する。三九年暮れ、中国に派兵された浜名志松さん(96)=熊本県天草市=は、野戦病院に入院していた。同じ天草出身の従軍看護婦から一冊の文庫本を見舞いにもらった。白秋著「明治大正詩史概観」(改造社)である。五人の九州旅行に触れた章があり、浜名さんは強く心に残ったという。

 「文学青年だった私にとって、あの過酷で悲惨な戦争で、唯一の心温まる思い出です」

 〈天草に渡り、大江村のカトリックの寺院に目の青い教父(パアテル)と語った。(中略)浪漫的のほしいままな夢想者であった新人、彼等は我ならぬ現実ならぬ空を空とし、旅を旅として陶酔した〉。その結果、「天草雅歌」を始めとした、いわゆる南蛮文学が生まれたと白秋はつづっている。

 戦争を生き延びた浜名さんは、天草に戻り教職に就いた。「戦後は何もかも空(むな)しかった…。だからこそ、若々しい生命力と好奇心に満ちた五人が天草の険路を歩くイメージが、私の心をとらえたんだと思います」 本文:2,399文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:8/19(月) 18:00
西日本新聞

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