ここから本文です

東急百貨店東横店の思い出~のら散歩・渋谷編~

8/19(月) 16:32配信

47NEWS

 来春、渋谷の「東急東横店」が閉館すると報じられた。

 激変する渋谷駅周辺。

 というわけで、渋谷を改めて覗いてみようと、のらのら歩いてみた。

 今さらながら、渋谷の変わりようには口があんぐり。

 ここに何があったかなんて思い出せないほど。

 遊び場だった渋谷は、いつしか通過するだけの街になっていた。

 ハチ公前に立ち、東急東横店を見上げてみる。

 私が最初にここを訪れたのは、一体いつなんだろう。

 ハチ公に聞いても、海外の観光客と写真を撮られるのに大忙しで返事はない。

 思えば、最初は「東横劇場」かもしれない。

 東横劇場は、東横店・西館の9階から10階にあり、昔は「東横ホール」と呼ばれた。1954年にできて、85年まで続いたという。

 ここでは、歌舞伎や落語、新劇などの公演も行われたが、下を走る電車がガタゴトとうるさかったらしい。

 なんたって、デパートの3階から銀座線は乗り入れているし、国鉄(現JR)も隣接。さらに玉電(現東急世田谷線)の路面電車も乗り入れていたのだから。

 私は東急東横店に来るたび、建物の構造が複雑で面白いと思っていた。

 駅に直結する「昭和のターミナルデパート」ならではの構造というべきか。

 今でも銀座線の渋谷駅で降りると、東急東横店の店内を通過しなければ、外に出られないのをお気づきだろうか。

 私はいつもこれにやられてばかりで、用もないのに伊東屋で文房具を覗いてみたり、鳩居堂でお香や季節のハガキ、催事場をうろちょろ。

 南館地下にある諸国名産コーナーに立ち寄り、週替わりの地方の銘菓を覗いて歩くのは一時期習慣になったほど。

 東横劇場に話を戻そう。

 私にとって東横劇場の思い出といえば木馬座。

 木馬座とは、影絵作家・藤城清治氏が1950年代に立ち上げた人形劇団。 

 私と同世代ならば、カエルの「ケロヨン」を思い出すかもしれない。

 私は、ケロヨンが大好きだった。

 まだ4歳くらいだったので記憶が曖昧だが、ケロヨンシャツに、ケロヨンバッグ。指にはケロヨンの指人形。全身ケロヨンまみれだった。

1/4ページ

最終更新:8/20(火) 15:17
47NEWS

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事