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白球に込める「感謝」 佐藤優希選手 硬式野球日本代表に選出

8/19(月) 10:03配信

福島民報

 白河市の野球チーム「白河ボーイズ」に所属する佐藤優希選手(15)=会津若松市・一箕中三年=は中学硬式野球の日本代表「ジュニア・オールジャパン」のメンバーに選ばれ、十九日から二十六日まで、米国に遠征し現地チームと親善試合を行う。日頃の練習を支えてくれる家族や指導者ら周囲の人への感謝を胸に、世界の舞台での飛躍を誓う。

 「世界レベルのプレーに触れて大きく成長し、古里の人を元気づけられる選手になる」。日の丸を背負っての初の海外遠征に、佐藤選手は目標を語った。

 浪江町出身で、二〇一一(平成二十三)年の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故発生時は、六歳で幼稚園の年長だった。家族五人で会津若松市に避難した。

 兄廉さん(16)=一箕中卒、仙台育英高二年=の影響で一箕小三年の時、会津若松市のオール東山学童野球スポ少で野球を始めた。中学生になり、福島ホープス会津リトルシニアに入団した。

 福島ホープス会津リトルシニアの監督を務めていた大竹明さん(39)が昨年六月、新たに設立された白河ボーイズの指導者に就いた。基礎練習や礼儀を重んじる大竹さんの指導を引き続き受けたいと考え、チームを移った。

 週四回、会津若松市の自宅から一時間かけ、母弘子さん(40)が運転する車で、白河市大信の球場に通う。普段は恥ずかしくてなかなか言えないが、「家族の支えのおかげで野球ができている」と感謝している。車内で食べる母手製のおにぎりが、厳しい練習を乗り切る力の源だ。

 遊撃が専門の内野手で堅実な守備と足の速さが特長。日本少年野球連盟「ボーイズリーグ」の推薦を受け、六月に埼玉県で開かれた選考会に東北代表四人のうちの一人として参加した。日本代表には全国から十七人が選抜され、東北では唯一選ばれた。福島県からは三年前に、今夏の全国高校野球選手権大会に出場した聖光学院高三年の吉田修也捕手が選ばれて以来、二人目の快挙。遠征では米大リーグの試合観戦なども予定している。

 古里の浪江町権現堂は二〇一七年三月末に避難指示解除準備区域の指定が解除された。同年、家族で訪れ、地域のために何ができるかと考えた。

 今回、日本代表に選出され、「野球を通して復興に貢献したい」との思いを強くした。プロ野球選手になるとの大きな夢を掲げ、新たな一歩を踏み出す。

※ジュニア・オールジャパン

 米大リーグなどで活躍した野茂英雄さんが代表理事を務めるNPO法人「NOMOベースボールクラブ」が結成する中学硬式野球の日本代表チーム。2009(平成21)年に始動した。野茂さんが総監督を務めることから「NOMOジャパン」と言われる。少年硬式野球団体のボーイズリーグやヤングリーグなどの加盟チームから選手を選抜し毎年、米国に派遣している。過去にはプロ野球中日の根尾昂選手や西武の森友哉選手が選ばれている。

最終更新:8/19(月) 10:03
福島民報

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