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『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』アカデミー賞視覚効果賞を受賞したVFXスタッフの苦労と悲劇とは

8/19(月) 12:03配信

CINEMORE

 2012年に公開されたアン・リー監督の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は、幻想的な美しい3D映像と感動的なストーリーが話題となり、2012年のアカデミー賞で11部門にノミネートされ、監督賞を始めとして4部門で受賞した。

 特に話題となったのは、ほとんどがCGで描かれたベンガルトラの「リチャード・パーカー」のリアリティで、当然アカデミー賞視覚効果賞も受賞している。しかしその授賞式会場で、VFXスタッフは屈辱的な仕打ちを受けていたのである。

ビル・ウェステンホファーの参加

 フォックス2000ピクチャーズは、肝心のトラの具体的な撮影技法の選択に入る。そしてVFXスーパーバイザーに『ナルニア国物語/第1章: ライオンと魔女』(05)や『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(07)などで、フォトリアルなCGアニマルを成功させた、ビル・ウェステンホファーを選んだ。というのは、狭い空間において本物のベンガルトラと少年をずっと共演させることは、保険会社が許さなかったからで、どうしてもCGで動物たちを表現する必要があったからだ。

 ウェステンホファーが見積もった結果、総尺2時間7分の内、1時間26分に690カットのVFXが必要になると判断された。

メインでVFXを手掛けたリズム&ヒューズ・スタジオ

 そこで彼は、メインのVFXプロダクションとして自身も所属していた、ロサンゼルスのリズム&ヒューズ・スタジオ(以下R&H)を選択する。同社の前身は、70年代後半に一世風靡したロバート・エイブル&アソシエイツという映像プロダクションだった。

 このロバート・エイブル&アソシエイツは、『エルビス・オン・ツアー』(72)を監督したロバート・エイブル(*1)に、『2001年宇宙の旅』(68)のスペシャル・フォトグラフィックエフェクト・スーパーバイザーだったコン・ペダーソンが声をかけて設立された。同社はモーションコントロール撮影と複雑なオプチカル合成を駆使して、イルミナテック・エフェクトと呼ばれる、色彩と光があふれるサイケデリックなCMの一大流行を生み出した。

 1979年からは、白黒線画のCGディスプレイ画面をオプチカル・プリンターで加工したワイヤーフレーム表現で再び脚光を浴び、ディズニーの『トロン』(82)などで活躍した後、CG技術のリアリズムを採算度外視で進化させていく。同社を無謀な開発レースに走らせたのは、ライバル会社のデジタル・プロダクションの存在が影響していた。この会社は、当時世界最高速を誇ったスーパーコンピュ-ターCRAY X-MPを導入し、『スター・ファイター』(84)や『2010年』(84)などのCGシーンを担当していた。

 この2社に注目したのが、カナダのオムニバス・ビデオ社である。同社は、北米すべてのCGスタジオを統合し、さらには全世界にそのネットワークを拡げようという壮大な野望を持っていた。こうして1986年に、超巨大プロダクションのオムニバス/エイブル社(*2)が設立される。だが、あまりにも急速な経営統合が災いし、1年も持たずに倒産してしまった。

 そもそもオムニバス/エイブル社内部では、各社から来た技術者同士の合流がうまくいっていなかった。そのため倒産前に、元エイブル社の多くのメンバーが独立していたのだ。この中心にいたのが1976年から技術部門ヘッドを務めていたジョン・ヒューズで、彼の呼びかけで集まったスタッフが1987年にR&Hを設立する。

 ヒューズは過去の経験から、過剰にプロダクションの規模を膨らませず、雇用を安定させ、ペット持ち込み可の家庭的な社風を作り上げた(筆者のかつての仕事仲間だった日本人も、数多くR&Hに勤めていた。そのため筆者も度々ここを訪問している)。

 R&Hが注目を浴び始めたのは、動物(哺乳類)のCG表現を成功させてからである。ディズニーの実写映画『ホーカス ポーカス』(93)を始めとし、『ベイブ』(95)、『ベイブ/都会へ行く』(98)、『ドクター・ドリトル2』(01)、『キャッツ&ドッグス』(01)、『メン・イン・ブラック2』(02)などを手掛けた。これらの作品では、本物の動物をベースにして、頭部のみをCGで作って合成している。

 また『マウスハント』(97)において、CGが苦手としていた毛皮のレンダリング技術も成功させ、『ナルニア国物語/第1章: ライオンと魔女』、『ライラの冒険 黄金の羅針盤』、『エバン・オールマイティ』(07)などで様々な動物のフルCG表現を成功させてきた。

*1 エイブルは学生時代、ジョン・ホイットニー・シニアの下で、ヒッチコック監督の『めまい』(58)や『サイコ』(60)のタイトル制作助手を担当していた。ホイットニーは、ペダーソンが監督したニューヨーク世界博覧会(64/65)の展示映像『To the Moon and Beyond』(月とその彼方へ)にも参加しており、この時にエイブルとペダーソンが知り合っている。

*2 このオムニバス/エイブル社が生まれた時、加・米・仏・日を結ぶ国際的オムニバス・ネットワークの1つとして、東北新社との合弁会社であるオムニバス・ジャパンが設立されていた。同社は本体倒産の影響を受けずに済み、世界で唯一生き残ったオムニバス・グループの1社となり、現在も日本を代表するCGプロダクションとして活動している。なお同社のロゴマークは、最初のオムニバス・ビデオ社からのデザインをそのまま使用している。

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最終更新:8/19(月) 12:03
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