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東京~大阪間が4時間半も短縮!トコトンやさしい長距離列車の進化

8/19(月) 12:10配信

ニュースイッチ

 東京~大阪間をいかに早く結ぶか。東海道本線の全通以降、国鉄にとっては最大の課題のひとつでした。1930(昭和5)年には特急「燕」が運行を開始し、8時間30分で結んだのを皮切りに、戦後の全線電化を受け、7時間30分まで短縮されました。しかし駅間が長く直線距離が多いヨーロッパならともかく、当時の日本では電気機関車が客車を牽引する方式では、これが限界でした。

 ここに風穴を開けたのが、SE車の世界新記録でした。国鉄はSE車の高速試験のデータを基に、「軽量車両を使うことで従来の機関車牽引では実現困難だった高速サービスが可能になる」と検討結果をまとめ、同試験からわずか2カ月後の11月に東海道本線に電車特急の新設を決定します。この中で所用時間は6時間30分とすると決められました。

 なぜ6時間30分なのか。それは1編成の電車が1日1往復できるからです。それまでの「つばめ」は1日走るのは片道だけで、列車は2編成必要です。1往復できれば、電車への投資は一気に半減します。さらに乗客からみれば、日帰りが可能になり、利便性が飛躍的に向上します。

 1958(昭和33)年11月、日本初の電車特急「こだま」が登場。当初こそ6時間50分かかりましたが、2年後には6時間30分に短縮されます。この時使われた車両は先頭の運転台が高い「ボンネット形」と呼ばれる斬新なデザインで、その後は国鉄の昼間特急の基本的な形式となります。ちなみに「こだま」は、行って帰ることから、山の木霊(こだま)に由来しています。

 颯爽と登場した「こだま」も短命に終ります。6年後には同区間を4時間で結ぶ新幹線が開通し、「こだま」もお役後免となります。しかし、電車でも長距離・高速運転が可能だということを証明したからこそ、新幹線にも電車が採用されたわけで、その意味で大きな役割を果たしたといえます。

日刊工業新聞「今日からモノ知りシリーズ トコトンやさしい電車の本」より

最終更新:8/19(月) 12:10
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