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「こういう夢もある」渋野支える青木コーチに聞く

8/19(月) 11:26配信

西日本スポーツ

青木コーチに聞く1

 ゴルフのAIG全英女子オープンで日本選手として42年ぶりにメジャー優勝した渋野日向子(20)=RSK山陽放送=は、兵庫県内でアカデミーを開く青木翔コーチ(36)に2017年秋から本格指導を受け「スマイリングシンデレラ」への階段を駆け上がった。当時の渋野はプロテスト不合格になったばかり。自らもプロテストに落ち続け、27歳で指導者の道を志した青木コーチは自身を反面教師に「一本の芯を太く」の信念で失意の渋野を支え、二人三脚で大輪の花を咲かせた。シンデレラに“魔法”を掛けた青木コーチに「シブコ」を語ってもらった。

【写真】渋野を育てた10ヤード刻みの表示板

-青木コーチ自身も、もともとツアープロ志望だった

 今思えば、ツアープロへの挑戦はやめてよかった。もちろん後悔はある、もう少し真面目にやっておけば、みたいな。

-福岡大時代はゴルフ部で主将だった

 短気で負けず嫌い。感情を表に出していた。後輩にも厳しかったと思う。プロテストは5回ぐらい受験した。結果はまったく駄目。2回目までに「厳しいな」と自分自身で感じた。どれだけ調子が良くても試合になると、普通なら出もしないミスを犯す。ゴルフで食っていくのは厳しいかなと。でも、ゴルフにすがりたい気持ちもあった。

-恵まれた体(181センチ、77キロ)をしている

 人より距離が出た。ドライバーは普通に300ヤードぐらいは飛んでいた。何とかなるんじゃないかなと思う自分もいた。ゴルフは父に誘われて中学1年から始めた。ちょうど思春期で、親子の会話をするために共通の趣味を持とうというのが発端だった。

-落ちても落ちても受験した

 大見えを切ってやったというのもあったし、ゴルフをするために福岡大に行った。もともとは理系で、大学の理工学部にも進む道もあった。でも、プロゴルファーになると公言して高3のときに(文系に)変えた。だから、大学は経済学部。そこまでやっているのに、1、2回失敗したから「無理」とは言えなかった。

-最後は自分で区切りを付けた

 25歳まで福岡にいて、本格的にティーチングの道を志すようになったのは27歳ぐらいのとき。プロテストは受けずに最後はQT(予選会)を記念受験して「もういい、やめた」と。そこからレッスンを始めて、ジュニアの子たちが集まってきて…。日本アマの優勝者が出たこともあって、いい流れになった。つくづくラッキーだと思う。

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最終更新:8/19(月) 11:37
西日本スポーツ

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