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東日本大震災のトモダチ作戦のきっかけに…アメリカ同時多発テロで命がけで救助活動を行なった11人の日本人

8/19(月) 20:01配信

テレ東プラス

9.11の現場で外国人として唯一救助活動を行なった日本人

今回注目したのは、9.11アメリカ同時多発テロの現場で、命懸けで救助活動を行った11人の日本人! 外国人立ち入り禁止という厳戒態勢の中、なぜ彼らは活動できたのか? そこには国境を越えた絆の物語があった!

今から18年前の2001年9月11日。テロリストにハイジャックされた旅客機が、ニューヨークのワールドトレードセンターに激突。世に言う「アメリカ同時多発テロ事件」である。
ワールドトレードセンターは倒壊し多くの人々が下敷きに。死傷者9000人、行方不明者は1000人以上。救助に駆け付けた現地の消防士343人も殉職。当時、第2のテロを警戒し、現場は非常警戒区域に指定され、アメリカ人以外は立ち入り禁止。現地の消防士のみで捜索活動を行っていた。

そんな中、なぜか11人の日本人が外国人として唯一救助活動に参加。そして、このとき11人がとった行動が、のちに奇跡を起こすことになる。その中心になった人物は現在、横浜にある消防訓練センターにいるという。

彼こそが、同時多発テロの現場で、外国人として唯一救助活動を行った日本人、志澤公一さん(54歳)。

聞けば、志澤さんは仕事ではなく、私的な立場で救助活動を行ったという。しかし、いったいなぜ外国人の立ち入りが禁止された同時多発テロの現場に入ることができたのか? その謎を探るべく、志澤さんと共にアメリカへ!

ニューヨーク・マンハッタン。18年前、テロによって破壊されたワールドトレードセンターの跡地は、爆心地を意味する「グラウンドゼロ」と呼ばれている。

そんなグラウンドゼロの近くで志澤さんを待っていたのは、消防士のディヴィッド。志澤さんとは固い絆で結ばれた親友だ。事件後には来日もしており、家族ぐるみの付き合いだという。

実は、この日米二人の消防士の友情こそが、東日本大震災の際、アメリカが2万人もの救助チームを派遣した「トモダチ作戦」を生むきっかけを作ったという。一体、二人に何があったのか?

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最終更新:8/19(月) 20:01
テレ東プラス

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