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東日本大震災のトモダチ作戦のきっかけに…アメリカ同時多発テロで命がけで救助活動を行なった11人の日本人

8/19(月) 20:01配信

テレ東プラス

11人の日本人消防士とアメリカ人消防士の友情

2001年6月。アメリカのインディアナポリスで、「世界警察消防競技大会」が開催された。この大会には70か国以上の消防士が参加。志澤を含む日本代表はアメリカと接戦の末、消火競技で優勝。

その夜は互いに健闘を称え合い、両国の消防士たちは親交を深めた。ディヴィッドもその一人だ。志澤だけではない、11人の日本人消防士とアメリカ人消防士は意気投合し再会を誓い合った。

しかし、3ヶ月後の9月11日、マンハッタンのワールドトレードセンターが崩落。ディヴィッドの管轄がマンハッタンにあると知っていた志澤は、すぐに電話をかけ、メールを送ったが一切連絡は取れず。

その頃、アメリカでは救助に駆けつけた消防士たちが崩落に巻き込まれ、多くが消息不明に。生き残った者だけで消火と救助を行なっていた。その中にはディヴィッドの姿が!

決死の救助活動は24時間体制。その過酷さにリタイアする者、多くの死を目の当たりにして精神的なショックで消防士を辞める者が後を絶たなかったという。

ディヴィッドが志澤に返信できたのは事件から11日後。メールには、連絡をくれたことへの感謝と、「助けてくれ」という言葉が......。志澤は救助活動のため、渡米を決意する。
「人がいないのが明らかってことがわかっていて『助けて』って言われたら、動かないわけにはいかないですよね」

妻には引き止められたが、志澤の意志は固かった。どうしても仲間を助けたい。そんな志澤の元に、消防競技大会に参加したメンバー11人も全国から集まった。

こうして11人はニューヨークに向かい、ディヴィッドがいる消防署へ。再会を喜びあい、早速許可証を受け取ろうとしたが......。なんと許可証は出せないという。アメリカ政府が外国人の立ち入りを一切禁止したのだ。

同じアメリカ人でも、他の州から来た応援部隊すら入れず、圧倒的な人手不足。何でもいい、手伝わせてくれと交渉する中、ベテラン消防士のミッキー・クロスが声をかけてきた。
「俺と一緒ならグラウンド・ゼロに入れるぜ」

ミッキーは、なんとテロ直後に現場から生還した数少ない生存者。ビルの崩落に巻き込まれながらも生き残り、「奇跡の消防士」と言われていたのだ。

グラウンドゼロの入口へと向かうと、確かに中には入れた。しかし、ミッキーから話を聞いた責任者が許可したのは現場の立ち入りのみ。やはり作業には許可証が必要だった。

そこに一人の牧師が現れる。アメリカでは災害の際、作業員の心のケアや遺体を弔うために牧師を同行させる決まりがある。その牧師は、昔日本に戦争で行き、日本人に銃を向けたこともあるが、それでも我々を助けてくれるのかと聞いてきた。志澤たちが「もちろんです」と答えると、牧師は「そうですか」と一言残し、その場を去っていった。

誰もが諦めかけていた時、「作業に入ってもらいたい」との指示が! あの牧師は元消防士で、現場責任者の上司だったのだ。彼が責任を負い、活動を許可してくれたという。

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最終更新:8/19(月) 20:01
テレ東プラス

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