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幕末動乱期「地神」に安寧願う? 岡山・真庭で住民調査、石碑の建立年集中

8/20(火) 22:03配信

山陽新聞デジタル

 幕末から明治維新の動乱期、真庭の庶民は安寧を願い「地神」を建立した―。こんな仮説が岡山県真庭市落合地域の住民グループが行った地元の「地神」の石碑に関する調査で浮かび上がった。建立年が判明した碑のうち8割以上がこの歴史の大変革期に建てられていた。

 「地神」は起源や信仰の目的などについて謎が多く、「落合郷土文化財研究会」が2017年から落合地域の石碑の分布調査を実施。これまでに71体を発見した。

 このうち建立年が刻まれていたのは36基。時代別では、江戸末期が9基、明治期が最多の22基、大正期1基、昭和期が4基で、明治期の碑はほとんどが前半の20年までに造られていた。建立年の多くは、幕末から維新を経て国のかたちが様変わりし、年号も短期間で次々変わった時代に当たる。

 研究会事務局長の難波澄夫さん(83)は「田舎の農民たちも穏やかな日々や将来への希望を祈り『地神さま』を建立したのではないか」と推測する。

 調査は、人々の記憶から遠のいていく地神が果たしてきた役割を検証するのが狙い。竹やぶに覆われ、容易に近づけない場所から発見されたケースもあった。成果は冊子「落合の地神様」(B5判、82ページ)にまとめ、市内の全7図書館と新庄村公民館に寄贈した。

 研究会は今後も碑の調査を継続し、碑の分布状況と周辺環境との関連性などを分析していく方針。

 ◇

 地神 「じがみ」や「じじん」と呼ばれ、農業の神として祭られてきた石碑。農民が村や集落ごとに造ったとされる。かつては毎年春と秋に石碑の前で豊作への祈りや感謝の祭りも行われていた。

最終更新:8/20(火) 22:03
山陽新聞デジタル

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