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高岡の技キラリ、銅鐸復元 村上市美術館長ら

8/21(水) 10:15配信

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 長野県中野市の柳沢遺跡で出土した弥生時代の銅鐸(どうたく)が、高岡銅器の技術で復元された。高岡市美術館の村上隆(りゅう)館長(66)らのグループが手掛け、形だけでなく厚みや材質も忠実に再現。村上館長は「古代の人が聞いたであろう音色を聞くことができ、感慨深い」と話している。

 柳沢遺跡は中野市の千曲川沿いで発見され、2007年に弥生時代の青銅製祭器である銅鐸5点と銅戈(どうか)8点が出土した。

 京都美術工芸大特任教授を務める村上館長は、ものづくりの歴史を研究。デジタル文化財創出機構(東京)の支援を受け、同遺跡で見つかった銅鐸の復元に取り組んできた。

 村上館長は銅鐸の形や模様だけでなく、内部にも着目し、その破片から厚みを正確に測った。銅鐸の成分分析も行い、スズの含有量によって2種類に分類。形状と厚み、成分組成のデータに基づき、2タイプの銅鐸を復元することに決めた。

 村上館長は、原型作りから鋳造、着色まで一貫してできる高岡銅器の技術力に注目。原型作りは、薬師寺(奈良)東塔頂部の飾り「水煙」の新調に携わった嶋モデリング(高岡市西藤平蔵)、鋳造は高岡銅器の代表的な技法「焼型鋳造」を継承する金属造形作家で伝統工芸士の中村喜久雄さん(74)=同市内免3丁目=に依頼した。

 嶋モデリングの嶋光太郎社長(44)は鋳造での金属の収縮率を考慮しつつ、忠実に原型を製作。中村さんは、同じ銅鐸でも厚みが1~4ミリと異なるため、溶かした金属がしっかりと流れ込むように試行錯誤した。

 完成した銅鐸は大きい方が高さ22センチ、幅14センチ、小さい方は高さ19・5センチ、幅12・5センチ。スズの量によって色味が異なり、多い方が金色に近く仕上がった。

 薬師寺東塔の飾りの復元・新調だけでなく、法隆寺(奈良)の国宝釈迦(しゃか)三尊像の再現にも高岡銅器の技が用いられている。「文化財の修復で高岡の技術力は高く評価されている」と村上館長。職人技で現代によみがえった音色に「当時の生活を追体験できるきっかけになるだろう」と語った。

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