ここから本文です

完全自腹の「奨学金」を作った。日本好きの中国人を増やし続けた、ある男性の話

8/21(水) 7:51配信

ハフポスト日本版

中国・大連は“日本語熱”が高い都市だと言われる。

1905年から終戦まで日本の統治下にあったこと。その当時の建物が残っていること。港湾都市で、海外の文化に対して開放的な風土があること。

理由はいくつも思い当たる。

だがその陰で、日本語熱を支え続けてきた、ある個人の存在も忘れてはならないだろう。

完全自腹の「奨学金」を創設し、学生に1円も出させずに日本へのホームステイを体験させてきた男性がいる。その思いの底にあるものは何か。活動を続けてきた田中哲治さんを訪ねた。

400人以上が詰めかけた“小金橋”

「せっかく中国に来たからには、自分には何か役割があるんだろう」

2001年4月。ほとんど中国語も話せないままに、松下電器(当時)の系列会社を現地に設立するため、田中さんは大連の地を踏んだ。

当時は日本企業の進出が相次いでいた時期。田中さんは、デジタル通信機器向けのソフトウェアを開発する会社を立ち上げ、総経理(代表)の座に就いた。

田中さんが自身の「役割」について考え始めたのは、仕事が落ち着いた2002年。給料の高い日本企業へ就職することを希望する学生が多いことに気づき、日本語教育NPO「小金橋談心会(こきんばし・だんしんかい)」を設立した。

田中さんが心がけたのは、単なる「日本語の勉強」では終わらせないことだ。「日系企業文化だとかマナー、ビジネス日本語、ビジネスマナーも知りたいという要望があがった」と田中さん。日本企業にうまく溶け込むために必要な、ちょっとした気遣いを伝授することにした。

例えば、▽タクシーに乗るときエライ人をどこに座らせるか。▽上司に食事を奢ってもらったら、翌日職場で顔合わせた際「昨日はごちそうさまでした」とお礼を言う...などだ。

こうした日本的なマナーは、ともすると日本の就活生からも敬遠されがちだ。ただ、当時はこうした風習を学べることへのニーズは高く、多い時で400人を超える学生が「小金橋」に詰め掛けた。

1/3ページ

最終更新:8/21(水) 7:51
ハフポスト日本版

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

あわせて読みたい