ここから本文です

完全自腹の「奨学金」を作った。日本好きの中国人を増やし続けた、ある男性の話

8/21(水) 7:51配信

ハフポスト日本版

「田中先生の話をします」

兪さんにとって、田中さんは初めて触れる「生の日本人」だったという。出身の浙江省紹興市は、中国では南方に位置する。同じ南方の南京では、日本人を快く思わない人に出会ったこともあるというが、兪さんは必ず「田中先生」の話をすることにしている。

「田中先生は私の日本人へのイメージを大きく変えてくれた人です。
周囲で日本人のことを悪くいう人には、田中先生を素敵な例として話すんです。私も当然中国への愛国心はありますよ。でも、国がどうというレベルではなく、もっと高い、人対人のレベルなんです。
田中先生がこんなに私たちに親切にしてくれたんだと紹介することで、(日本を悪くいう)人たちの考え方も少し変わったんじゃないでしょうか」

PPKな人生を

田中さんの教え子たちは今、兪さんのように日本や中国で自身の日本体験を周りに広めている。学校の教科書やメディアを通じてではない日本を知ってほしい、というのが田中さんの考えだ。

身銭を切ってまで、中国人に日本を知ってもらうため活動を続ける田中さん。その原動力はどこにあるのか聞いた。

「日中関係は色々問題多いですけど、長い歴史を見れば、日本の文化の先生は中国文化じゃないですか。日本から漢字を無くせますか?
日本は、世界から取り入れた文化を自分なりにアレンジしています。けれども、中国の文化を取り除いたら日本の文化はないですよね。
政治的な問題や戦争とか色々ありましたけど、中国とは縁が切れない。しかも中国は近隣であって、日本の位置をアメリカ側にずらすわけにはいかない。だったら中国と仲良くするしかないだろうと。
加えると、中国は遅かれ早かれ、アメリカを抜いて(経済力)世界一になります。その中国とどう日本は向き合うんですか、ということです。彼らに日本のことを理解してもらえば自分の親や親戚に話しますよね。日本に行ったらこんなにいいことがあったとか、お店に行ったらとても親切だったとか...だから日中両方の学生に、実際に現地行って見てみろと日頃から言っています」

田中さんは2019年の11月に70歳を迎える。2030年までは、健康管理に気を配りつつ、今の活動を続けていくのが当面の目標だ。クリアした時は80歳。独特なゴールを頭に描いている。

「2030年まではやる。でも過ぎたらパカっと(教室を)閉めるかも。年とって寝たきりとかはなりたくないんです。死ぬ直前まで元気でいて、そこでパカっと。
PPKと言っています。ピン・ピン・コロリです。死ぬ直前まで元気にしていて、パッと突然に逝く。じゃあ私はこれで、もう目的果たしました、と(笑)」

学生と一緒に参加した16キロの強歩大会では、トップでゴールした元気な69歳。2030年を過ぎてもなお、中国の若者と関わり続ける未来が浮かんでくるようだ。

高橋史弥(Fumiya Takahashi)

3/3ページ

最終更新:8/21(水) 7:51
ハフポスト日本版

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事