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JRの駅に現れたのは私鉄の電車、どうしてこうなった? 飯田線と名鉄線の不思議な関係

8/21(水) 6:00配信

乗りものニュース

路線図では「独立」しているが…

 2019年8月2日(金)、愛知県南部の豊橋市内にある東海道新幹線の豊橋駅から、長野方面に延びるJR飯田線の普通列車に乗車。ふたつ先の下地駅(愛知県豊橋市)で下車しました。用事を終えて下地駅に戻り、ホームにつながる階段を上っていくと、列車の走る音が聞こえています。ホームに出ると、目の前をJRの電車ではなく、名古屋鉄道(名鉄)の赤い電車が通過していきました。

【地図】JRと名鉄の「共同使用区間」

 路線図では、JR飯田線と名鉄名古屋本線は独立して描かれています。JRと名鉄の直通運転も、いまは行われていないはずです。

 豊橋駅から下地駅の少し先にある平井信号場まで3.8kmの区間は、JR東海の飯田線と名鉄の名古屋本線が線路を共同で使っています。ただ、豊橋~平井信号場間にある船町駅と下地駅は飯田線の列車のみ停車し、名鉄は豊橋駅への乗り入れのためだけに「共同使用区間」の線路を使用。豊橋駅は名鉄線とJR在来線が同じ構内にあり、改札口も共通です。ICカード利用客はJR線と名鉄線を乗り換える場合、ホームに設置されているICカードリーダーにタッチ。豊橋駅で乗り換えたことをカードに記録する必要があります。

 飯田線は1897(明治30)年、現在の豊橋~豊川間が開業。このときは豊川鉄道という私鉄が運営していました。大正時代に入ると、愛知電気鉄道という私鉄が名古屋と豊橋を結ぶ鉄道路線(現在の名鉄名古屋本線)の建設を計画して着工。名古屋側から少しずつ線路を延ばしていきました。

 1926(大正15)年、愛知電気鉄道は現在の豊橋駅から4.4km離れた小坂井駅まで開業し、豊川鉄道の同名駅に接続しました。しかし、豊橋に乗り入れるためには幅の広い川を渡らなければならず、工事費が高いという問題がありました。

複線の線路を半分ずつ所有

 そこで愛知電気鉄道は、豊川鉄道との連携によって、豊橋駅に乗り入れることを考えます。

 小坂井駅のひとつ手前にある伊奈駅から、豊川鉄道の豊橋方面の線路に接続する新線を建設。接続地点(現在の平井信号場)から現在の豊橋駅までは単線でしたが、愛知電気鉄道が並行して単線の新線を建設することで複線化し、2社が共同で複線の線路を使うことになりました。これなら、長い橋を含む複線の線路を建設するより安くなります。

 豊川鉄道は愛知電気鉄道の提案に難色を示したものの、最終的には了承して協定を締結。1927(昭和2)年に工事が完成し、愛知電気鉄道の豊橋乗り入れと線路の共同使用が実現しました。

 その後、愛知電気鉄道はほかの鉄道会社との合併を経て現在の名鉄名古屋本線に。豊川鉄道も国有化と国鉄分割民営化を経てJR東海の飯田線になりました。このあいだに名鉄の小坂井駅に接続する区間が廃止され、いまに至ります。一方、愛知電気鉄道と豊川鉄道の協定は引き続き維持。豊橋~平井信号場間はいまも線路の共同使用が続いており、下り線(南側)をJR東海、上り線(北側)を名鉄が、それぞれ所有しています。

 ちなみに、この共同使用区間を走るのはJR東海と名鉄の車両だけではありません。たとえば2019年7月には、東京メトロ丸ノ内線の新型車両である2000系電車が走りました。

 日本車輌製造(日本車両)の工場(豊川製作所)は飯田線の豊川駅近くにあり、同社で製造された車両の多くは、貨物列車扱いで飯田線の豊川~豊橋間と東海道本線を走って納入先の鉄道事業者のもとへ届けられます。そのため、年に何回かはJR貨物の機関車にけん引された各地の車両が、共同使用区間を走っているのです。

 ちなみに、共同使用区間はJR東海道本線の線路が並走。船町駅と下地駅のホームからは、同線の旅客列車や貨物列車も見ることができます。

草町義和(鉄道ライター)

最終更新:8/21(水) 20:04
乗りものニュース

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