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【あの夏の記憶】「主将よりチームをまとめる必要がある」―15年甲子園Vを支えた主務の“誇り”

8/21(水) 17:32配信

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2015年夏に東海大相模で優勝、東海大4年の加藤瞬主務は大学でも日本一のマネージャーを目指す

 2015年夏の甲子園、東海大相模が左腕・小笠原慎之介投手(現中日)、右腕・吉田凌投手(現オリックス)を中心とした強力布陣で全国制覇を果たした。野手でも捕手で主将の長倉蓮、副主将の千野啓二郎、宮地恭平、杉崎成輝ら優勝メンバーが東海大に進学し、9月から大学最後の秋のリーグ戦を迎える。

【動画】2011夏V日大三 吉永健太朗ー鈴木貴弘バッテリー(共に現JR東日本)インタビュー 8年前の夏の真実

 東海大に進んだのは、ベンチ入りメンバーだけではなく、当時、男子マネージャーとして裏方に徹していた加藤瞬も同じだ。主務として学生最後のリーグ戦、明治神宮大会での頂点を目指し、汗を流している。

 4年前、アルプススタンドで見た景色は忘れることはない。大会期間中の疲労はすべて歓喜で吹っ飛んだ。あんなにきつかったのに……。

「毎日が必死でした。すべてがしんどかったです。寝られない日もあったので。マネージャーは選手とは違うと教えられ、業務が厳しいことは覚悟はしていました。あの時の優勝は本当に嬉しかったですね」

 プレーする選手たちだけでなく、裏方の業務も激務だった。日々の練習後は道具整理に、データの管理。来客があれば、失礼がないように対応に追われる。マネージャーを志して入部したとはいえ、中学までは捕手として活躍。ティー打撃のトス上げ、キャッチボール相手は当然のことで、プロテクターをつけて、投手の球も受けた。

 当時は大会前から優勝候補と呼ばれていたため、メディアからの注目度も高かった。練習取材にも多く記者が来ていたため「熱中症にならないか心配していました」と目を配り、スポーツドリンクやゼリーなども配ってまわった。チームのことだけでなく、周囲への配慮が行き渡っていた。

 初戦の聖光学院戦(福島)は大会7日目の第1試合だった。宿舎にバスは午前5時にやってくる。前日の練習で使った道具整理を終え、データの管理を終えても、業務はまだ終わらなかった。メンバーの補食の準備、翌日の動きの確認などを周知させていると、加藤の睡眠時間はどんどん削られ、気が付けば夜が明けていた。

「自分は野球が大好きで、この仕事も好きでやっていました。体だって、疲れていない!と思っていたんですけど、あのときはもう食事が喉を通らないような状態でした」

 気は張っていても、体は正直だった。ただ、加藤にポリシーがあった。「やると決めたことは途中でやめない」ことだ。

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最終更新:8/21(水) 18:14
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