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「人生に迷ったら旅館においで」底抜けに明るい女将が失い、見つけたもの ネットで探した「すがる言葉」

8/23(金) 7:00配信

withnews

【#withyou~きみとともに~】
宮城県気仙沼市にある唐桑町鮪立(しびたち)。この小さな港町に、民宿「唐桑御殿つなかん」があります。震災後、屋根だけ残った自宅で、菅野一代(かんの・いちよ)さん(56)は、復興支援の若いボランティアたちを無償で寝泊まりさせていました。笑顔が魅力の菅野さんですが、「人と会うのは絶対無理。光さえ見るのも嫌だった」という時期がありました。震災で生き残った夫や娘ら3人を、海難事故で失ったのです。絶望の中、菅野さんは、民宿のお客さんに支えられ元気を取り戻しました。今、生きづらさを抱える若者に菅野さんは、こう言います。「自分を心配してくれている人がいることに気づいてほしい。まあ、迷ったら私の旅館に来てください。大丈夫だ、って背中をたたいてあげるから」。(朝日新聞記者、東野真和)

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「どうやったら死なずにいられるか」考えた

「自分をなくしたい」と言う思いを持った人は、少なからずいると思います。

私は東日本大震災の津波で家が全壊しました。2017年3月に海難事故で夫、娘、義理の息子の3人を亡くした時は、「自分も一緒に行きたい」と思ったこともあります。でもその一方で「どうやったら死なずにいられるか」とも考えました。

人と会うのは絶対無理。光さえ見るのも嫌だった。じっとしていないと、自分が自分でなくなるくらいだった。できるのは、何かすがれる言葉をインターネットで探すことでした。家に閉じこもって、3カ月間ほどずっと探していました。

こういう時は、宗教的な言葉に引き寄せられますね。なるほどと思った言葉もあります。例えば、「人の一生はお釈迦様の一瞬きと同じ時間」という言葉。それを見て、そんな一瞬だったらちょっとがんばれるかなと、少し落ち着きました。

恨んで生きるのは本当につらい

「亡くなった人の分まで耐えてやれ」という言葉もありました。3人のために何もしてやれないけど、耐えることだったらできるかもしれない。と思って耐えた。

でも、そんな言葉を最後に心に落とし込むのは自分です。心が安らぐ言葉を探すのは自分。「自分教」なんです。答えは自分の中にあるんだよね。

震災後に天寿を全うした夫の父の口癖も、立ち直るきっかけになりました。「自分の運命を愛せよ」という言葉です。

海が憎い、風が憎い、あのときああだったら、だれのせい、あれのせい、と憎んだり、恨んだりして生きるのは本当につらい。それこそ地獄だと思う。それだったら、許すこと、あきらめることが大事だと思って。どうすることもできないことってあるじゃないですか。あきらめて心を解放しないと。

もちろん、現実から逃げているという部分もある。でも、今はまだ「その時」に引き戻されるのがつらいですからね。心のバランスを取らなければならないから。

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最終更新:8/23(金) 7:00
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