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「にあんちゃん」安本末子 死、失業、困窮…くじけない兄妹愛 【あの名作その時代シリーズ】

8/23(金) 12:00配信 有料

西日本新聞

半世紀前、肥前町で栄えた大鶴炭鉱。坑口だけが当時の姿を残している=佐賀県唐津市

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は07年4月1日付のものです。

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 幼いころ、四つ年上の姉によく遊んでもらった。両親共に働いていたため、小学生のころは学校から家に戻ると姉と二人のことも少なくなかった。友人とけんかして登校を渋っていた日には「お姉ちゃんが守ってあげるから一緒に学校に行こう」と励ましてくれ、いじめっ子には本気で立ち向かってくれた。「にあんちゃん」を読んで、そんな薄れかけていた記憶が呼び覚まされた。

 後に「アンネの日記」の日本版とも評され、全国で感動を呼んだ十歳の少女の日記は一九五三年一月二十二日の、悲しみと向き合う一節から始まる。

 〈きょうがお父さんのなくなった日から、四十九日目です〉

 少女・末子の両親は既に他界。二十歳の長兄と十六歳の姉、そして「にあんちゃん」(二番目の兄)こと十二歳の次兄の四人兄妹は、佐賀県唐津市肥前町で暮らしていた。生活の頼りは、杵島炭鉱大鶴炭鉱所で働く長兄のわずかな賃金だった。

 時代は石炭から石油へのエネルギー転換期。炭鉱の閉山が相次ぎ、在日韓国人であるために特別臨時雇い扱いでしかない長兄は、組合に入れず解雇の対象に。兄妹は離別を余儀なくされる。悲劇は容赦なく襲いかかるが、決して絶望はしない。どん底の貧しさの中でも、兄妹は信じ合い、助け合って生きる強さを持っていた。

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 著者、安本末子さん(63)の日記を長兄がまとめた「にあんちゃん」は、一度は絶版となったが、全国の読者からの熱望により二〇〇三年に復刊。最近では韓国でも翻訳版が出版され、幅広い世代で読み続けられているという。両親の死、長兄の失職、極度の困窮と一家離散…。こうした悲劇は、若者の非正規雇用や中高年のリストラ、格差の拡大など、今日にも通じる問題だ。「にあんちゃん」が読み継がれるのは、不安定な社会的背景への共感と、絶望のふちにありながらも互いに相手を思いやり、助け合って希望を見いだしていこうとする兄妹の深い愛情に心動かされるからだろう。 本文:2,733文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:8/23(金) 12:00
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