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文士の覚悟(8月23日)

8/23(金) 10:11配信

福島民報

 物書きにとって執筆への思いは安定した仕事に勝る。白河市大信出身の作家中山義秀[ぎしゅう]は一九三五(昭和十)年、教師の職を一日で辞め、郷里に宛てた手紙に記した。「自分を欺くことに堪えられません…一旦[いったん]志した道に万進させていただきます」

 古里にある中山義秀記念文学館で、直筆の四通が初めて展示されている。いずれも最初の妻が肺結核で倒れ、子ども二人を残して他界するまでの数カ月前に書かれた。実家に仕送りを願う一方、困窮を極めてもわが道を諦めない。鬼気迫る姿が浮かび上がる。

 三年後の一九三八年、義秀は「厚物咲[あつものざき]」で芥川賞を受け、文壇に本格的なデビューを果たす。苦闘の時期を経て手にした圧倒的な筆力を基に、武士だった祖父を題材にした「碑[いしぶみ]」、明智光秀を新たな視点でとらえた「咲庵[しょうあん]」などの重厚な歴史小説を送り出した。

 後に「最後の文士」と称された。八月十九日には五十回目の命日を迎えた。地元の顕彰会は探訪会を開き、参加者は菩提寺の鎌倉・円覚寺で墓前に手を合わせた。義秀は死去前、家族に「いさぎよい戦[いくさ]を闘ってくれ」としたためた。残る手紙は作家として生きる覚悟そのものだった。

最終更新:8/23(金) 10:11
福島民報

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