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沖縄で戦死…伯父の遺品帰る 熊日の記事きっかけ 糸満に砥石「生きた証し」 あさぎり町の山口さん

8/23(金) 14:07配信

熊本日日新聞

 熊本県あさぎり町深田東の建設業、山口栄治さん(63)の元にこの夏、兵士として沖縄戦で戦死した伯父の勇さんの遺品である砥石[といし]が、終戦から74年を経て届いた。山口さんは「今まで以上に戦争の悲惨さを切実に感じるようになった。平和の大切さについて考えたい」と思いを新たにしている。

 遺品の砥石は、沖縄戦戦没者の遺骨や遺品収集に取り組む「沖縄蟻の会」の南埜安男さん(54)=那覇市=が、5月16日に糸満市の旧日本軍壕[ごう]跡で発見した。縦12・5センチ、横4・9センチ、厚さ2・4センチ。銃剣などの研磨に使われたとみられる。

 砥石には「熊本縣球磨郡深田 小枝亭留所 山口」と刻まれていた。情報提供を呼び掛ける本紙記事を見た山口さんが南埜さんに連絡。戦没者名簿や町内の遺族会関係者からの情報などによって、30歳で戦死した勇さんのものと特定した。

 砥石は8月上旬に南埜さんから小包で届いた。伯父の弟に当たる父の榮さんも旧満州やフィリピンへ出征したが、戦争のことは「良い話はない」と語らず、勇さんについてもほとんど話さないまま亡くなったという。勇さんゆかりのものは遺影が1枚あるだけだった。

 砥石を受け取る前、妻の孝子さん(63)は不思議な体験をした。7月下旬に先祖を供養した際、寺の住職が読経を途中で一瞬止める場面があった。後で聞くと、砥石のことを知らないはずの住職が「勇さんが何かを語り掛けてきた気がした」と話したという。

 砥石を手にした山口さんは「帰ってきたかったという思いが伝わってくるような気がする。伯父が確かに生きていたという証しだと思いたい」と語る。砥石は供養し、家族の墓に納めるという。(園田琢磨)

(2019年8月23日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

最終更新:8/23(金) 14:07
熊本日日新聞

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