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『ロケットマン』エルトン・ジョンとサウンドトラックのただならぬ関係

8/23(金) 12:01配信

CINEMORE

まるでミュージカル作品のために作られたような名曲の数々

 『ロケットマン』はミュージカルである。エルトン・ジョンの半生を描いたこの作品は、彼の名曲が単にバックに流れるのではなく、ステージでのパフォーマンスに加え、映画の登場人物が突然、歌い、踊り出す、ミュージカル的シーンがいくつも用意されているからだ。驚くのは、エルトンの曲が彼の人生のストーリーに、ぴったりとハマっている点。この映画のために作られたわけではないのに、代表曲の数々がミュージカルのサウンドトラックとして見事に再構成されている。

 意図しなかった使われ方でも、エルトンの曲はドラマチックな効果をもたらすので、多くの映画やドラマでも使われるのだろう。代表曲「ユア・ソング(僕の歌は君の歌)」が使われた映画やドラマは数知れず。日本映画でも織田裕二が主演した『エンジェル 僕の歌は君の歌』(92)では、主題歌に使われただけでなく、タイトルにまで引用された。

 エルトン・ジョンと映画音楽の関係を過去にさかのぼると、一般的には忘れ去られた作品がある。1971年の『フレンズ』(『フレンズ~ポールとミシェル』)だ。恋におちた14歳の少女と15歳の少年のカップルが、自力で子供を出産するという、当時としては少々衝撃的な展開のイギリス映画。しかしこの映画、やはり同年にヒットした『小さな恋のメロディ』と同じように、公開時の日本では映画ファンの心をつかんだ。『メロディ』の日本公開が71年の6月で、『フレンズ』が11月。同じイギリス映画で、少年少女の純粋な恋愛→リアルな現実へのアップデートとしてリンクしたのである。ちなみに『フレンズ』の監督は、「007」シリーズ3作を撮った、ルイス・ギルバートだ。

エルトンには不満も多かった初の映画音楽『フレンズ』

 『メロディ』と同様に、『フレンズ』のキャストも日本で愛され、とくにミシェル役のアニセー・アルビナは、その後しばらく映画雑誌の人気投票でも、『メロディ』のトレイシー・ハイドとランクを競い合っていた。フランス人のアニセーは母国よりも日本での人気が高く、1981年には、デザイナーの高田賢三が監督した日本映画『夢・夢のあと』に主演(残念ながら作品評価は最悪)。他の代表作は『フレンズ』の続編くらいで、2006年、53歳という短い生涯を終えた。

 その『フレンズ』のサウンドトラックを担当したのが、若き日のエルトン・ジョン。前年の1970年、「ユア・ソング」の大ヒットによって多忙を極めていた彼にとって、『フレンズ』は「やっつけ仕事」でもあり、自身のアルバムに入れる予定だった曲を回したりもした。映画に合わせた無理な注文もあったようで、エルトン本人は、この『フレンズ』を気に入っていなかったとされる。しかし、映画を観ると、エルトン・ジョン作曲、バーニー・トーピン作詞の曲が物語を加速し、美しく彩っていることがよくわかる。とても、やっつけ仕事とは思えない。

 タイトルの「フレンズ」はシングルとしてもヒットしただけあって、バーニーの歌詞とエルトンのメロディの最高の化学反応を感じられるし、ポールとミシェルが南仏のカマルグへ「逃亡」するシーンでの、「ミシェルの歌」と背景の自然との美しすぎるシンクロ。そして何度か流れ、「友達として始まった若い恋人たちはどうなるのか?」という歌詞で切なすぎるラストを演出する「四季はめぐり来る」……。

 『フレンズ』はグラミー賞の映画・テレビサウンドトラック部門にノミネートされただけあって、エルトンの思惑をよそに、サウンドトラックの評価は高かったのである。

 『フレンズ』には不満もあったエルトンが、再び映画のサウンドトラックに挑み、大成功を収めたのが『ライオン・キング』(94)だ。「愛を感じて」「サークル・オブ・ライフ」などの名曲を、作詞家ティム・ライスとのコンビで完成させ、彼とエルトンはアカデミー賞主題歌賞を受賞した。

 『ライオン・キング』は舞台ミュージカル化でも人気を博し、2019年には超実写版としてスクリーンに復活。エルトンの曲は受け継がれている。エルトンとティム・ライスのコンビは、ミュージカル「アイーダ」も手がけており、映画にしろ、舞台作品にしろ、物語を「奏でる」エルトン・ジョンの才能は誰もが認めるところである。

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最終更新:8/23(金) 12:01
CINEMORE

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