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榎木孝明、角川春樹から「人間やめろ!」と罵倒された日々…最終的に認められ、与えられた“ご褒美”

8/24(土) 7:01配信

テレ朝POST

1984年、朝の連続ドラマ『ロマンス』の主人公・平七役で一躍若手人気俳優となった榎木孝明さん。その翌年には『真田太平記』(NHK)で時代劇にも挑戦。それを機に、乗馬や立ち回りを一生懸命勉強したという。

1987年には大河ドラマ『独眼竜政宗』(NHK)にも出演。そして1990年、榎木さんは角川春樹監督の映画『天と地と』に主演することになるが、それは想像をはるかに超える壮絶な現場だったという。

◆「人間をやめてしまえ!」と罵倒される日々

1975年に角川書店の2代目社長に就任し、メディアの風雲児として注目を集めた角川春樹さん。

映画製作も手掛け、『犬神家の一族』(1976年)をはじめ、次々と大ヒットを記録。原作小説の出版と映画公開を同時に行うという斬新なメディアミックスを展開し、「読んでから見るか、見てから読むか」というキャッチコピーも話題になった。

やがて自らメガホンをとることになった角川さんの4本目の監督作品が、50億円もの巨額の製作費を投じた映画『天と地と』。戦国時代の上杉謙信と武田信玄の争いを描くこの作品で榎木さんは主人公・上杉謙信を演じることに。

-『天と地と』の撮影はかなり大変だったそうですね-

「そうですね。僕も芝居を始めてから15年ぐらい経っていましたから、それなりに色々やってきて生意気なところもあったんでしょうね。

リテイクが出されるたびに芝居を変えてやってみてもNGの連続で、何十回もやり直し。どこが悪いのか一切言わず、罵声を浴びせ続けるんですよ。

『お前の演技は学芸会レベルだ。俳優やめちまえ!』とか『生きていてもしょうがねえだろう、人間やめろ!』って(笑)。ひどいでしょう?これ以上ないというくらい罵倒されつくしましたね」

-毎日そういう感じだったのですか-

「そうです。地獄の日々でした。もうはらわたが煮えくり返って、頭のなかではいつも殺すシミュレーションをしていましたよ(笑)。背後からスーッと近づいて行って脇腹を刺して…というようなイメージを描いて、それで自分の気持ちを落ち着かせていました。

あの当時は本当にきつかったですね。NGにした理由を聞いても言ってくれないし、『馬鹿もん』って言うだけでしたからね。精神的にも肉体的にも本当にきつくて、心の底から憎むようになっていました」

-想像以上に凄絶だったのですね-

「そうですね(笑)。あとになると、色々と頭でっかちになっていた部分をすべて空っぽにさせて成長を促すためだったということもわかるんですけど、当時はもう精神的にも肉体的にもボロボロでした」

-『天と地と』を改めてご覧になることはありますか-

「たまにあります。何年かに一度という感じですが。『若いなあ、芝居がへたくそだなあ』って思いながら見ていますよ(笑)」

-榎木さんは武術もされているので、時代劇にはピッタリだという感じがします-

「武術は薩摩示現流という薩摩独特の古い流派が薩摩で続いているんですけど、東京に出てきてから何年かして興味を持った時期があって、鹿児島に帰る度に習い始めたのがきっかけでした。ニ十歳以降ですよ。時代劇をやろうという発想もなかった頃です。

ただ、薩摩出身なので、そういうことを自分なりに調べていくと、何か自分の血が騒ぐような感じがあって、そういうものが僕を示現流に行かせたのでしょうね」

-榎木さんの立ち回りは剣の重さが感じられてリアルですね-

「示現流というのはむしろ精神が重要でしたので、刀を抜いたら相手を殺すか、自分が死ぬか、どっちかを選ぶということなんですね。その気持ちを持っただけで、時代劇に対する姿勢が全く違ってくるんです。今の人は誰もそれを思わないし、教える人もまずいません。でも、その刀の意味がちゃんとわかった上で刀を抜くと、竹光でも本物に見せられるんですよ。

今は刀が単なるチャンバラの道具でしかないから、ひじょうに軽くなっていますけど…。でも、そうではなくて、芝居と言えども相手が死ぬか、自分が死ぬかって思うと、刀を重たく見せられますし、それが本当は一番大事なことだと思うんです。その精神が今の時代劇になくなっちゃっているのが残念ですね」

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最終更新:8/24(土) 7:01
テレ朝POST

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