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【埼玉県知事選】激戦の半世紀の歴史を振り返る

8/24(土) 16:50配信

選挙ドットコム

参議院選挙後、初めての知事選挙となり、国政の与野党がそれぞれ候補者を支援する構図の埼玉県知事選挙は、25日の投開票に向け、各陣営が最終盤の激しい選挙戦を展開しています。
埼玉県知事選挙は公選制となってから今回で20回目です。このうち、新人同士が争う構図は、第1回(1947年)、第2回(1949年)、第4回(1956年)、第8回(1972年)、第13回(1992年)、第16回(2003年)と今回を含め7回目となります。
このうち、革新県政が誕生した第8回(72年)、5期20年知事を務めた畑和の後継をめぐる第13回(92年)、政治資金規正法違反容疑で親族が逮捕され引退に追い込まれた土屋義彦の後継をめぐる第16回(2003年)の選挙を振り返ります。(敬称略:肩書は当時)

第8回:1972年7月2日執行

自民党は、当時の栗原浩知事の続投を求める勢力、大塚茂副知事を擁立しようとする勢力が混在、分裂し、最終的に川口市長を務めていた大野元美が立候補しました。一方、この時期、京都、東京、大阪、沖縄で革新自治体が相次ぎ誕生したことを背景に、社会党や共産党は、革新県政の実現を目指し、当時、社会党衆議院議員を務めていた畑を統一候補として擁立しました。

選挙戦は、畑と大野の事実上一騎打ちとなりましたが、急激な都市化に対する交通網の整備、老人福祉の充実、公害対策など革新県政誕生を求める有権者の勢いが圧倒し、畑が大野に大差をつけ勝利しました。選挙戦の最終盤、畑の応援に入った屋良朝苗沖縄県知事は、畑に対する有権者の期待を「埼玉燃ゆ」と表現しました。この選挙で敗北した大野の孫が、今回、立候補している大野元裕で、大野家にとっては47年を経て知事選再挑戦となります。

○畑和 無所属・新 791,815(52.7%)
大野元美 自民・新 697,179(46.4%)
その他 8,640(0.6%)

第13回:1992年6月21日執行

5期20年知事を務め、当時81歳となった畑が、6選を目指すのか、それとも後継者を擁立するのか、これに対して、自民党が20年ぶりに県政を奪還するのか、前年(91年)の県議会議員選挙以降、畑と自民党県議団による激しいやりとりが続きました。

畑は、東北・上越両新幹線の大宮駅開業や埼京線の開通、地価高騰抑制のための「暫定逆線引き」(一定規模の開発計画できるまで市街化区域への編入を認めない)など5期20年の実績に加え、中央省庁のブロック機関等を移転させるさいたま新都心の誘致・着工を成功させました。
さらに、勲一等旭日大綬章を受章したことで、著名な官僚を後継者にし、勇退するという選択肢も視野に入れていました。

一方、自民党は県議団幹部を中心に、91年5月、県発注事業を大手建設企業が談合している疑いで、公正取引委員会が立ち入り調査を行った事案(94年3月に東京地検特捜部が埼玉土曜会談合事件として摘発)について知事の責任を問い続けました。

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最終更新:8/24(土) 16:50
選挙ドットコム

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