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アルゼンチン大統領選10月に、野党が勝てばフォークランドの領有権再燃も

8/24(土) 10:03配信

ニュースソクラ

経済悪化で現職が苦戦、領有権の裏にエネルギー利権争い

 アルゼンチンでは2019年10月27日、大統領選挙が実施される。各社の世論調査で、再選を目指す現職のマウリシオ・マクリ大統領の苦戦が伝わる。

 こうした状況下、マクリ政権は景気浮揚策として沖合石油・天然ガス鉱区の国際競争入札を実施、米エクソンモービルなどの石油大手がこのほど落札した。一方、入札過程で不正な行為があったとして野党の一部からは落札企業の資格取り消しを求める動きがある。

 選挙戦の結果次第で、マルビナス諸島(英語名:フォークランド諸島)をめぐるアルゼンチンと英国との間で未解決の領有権問題が再燃する恐れがある。

 アルゼンチン政府は今年5月半ば、南部沖合3区域の石油・天然ガス18鉱区について、エクソンモービル、仏トタル、アルゼンチン国営石油会社のYPF、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルなどが落札したと発表した。総落札額は7億2,400万ドル。

 当該鉱区はマルビナス諸島周辺も含まれ、探査期間は最大で13年間という。日本企業からは三井物産がイタリア炭化水素公社(ENI)などとコンソーシアムを組んで落札した。

 沖合3区域のうち、注目されるのがマルビナス・オエステ鉱区だ。前述したように、アルゼンチンと英国との領有権を争うマルビナス諸島に近接するからである。ここを落札した企業はエクソンモービル、英タローオイル、ノルウェーのエクイノールなどだ。

 国際報道によると、今回の国際競争入札で落札した企業のうち、2社がマルビナス諸島政府と事前に契約していたという疑惑が持ち上がったという。

 これを受け、ティエラ・デル・フエゴ州の知事が、10月の大統領選挙で野党のペロン党が勝利した場合、落札取り消しを求める訴えを起こすと表明した。

 ペロン党はクリスティーナ・フェルナンデス元大統領が率いる。同氏は大統領在職中の2015年4月、英プレミア・オイルがマルビナス諸島周辺鉱区で新たな原油・天然ガス埋蔵を発見した際、プレミア・オイルや米ノーブル・エナジーなど試掘作業にかかわった計5社に対し、これを阻止するため、法的手段に訴えた。

 これら5社は、英米または同諸島の政庁所在地であるスタンリーを拠点とする。これを盾に英国政府は、アルゼンチン政府の訴えは国内法を拠り所とし、英国領フォークランド(マルビナス)諸島では「効力が及ばない」と突っぱねた。

 アルゼンチン政府はすかさず、対抗手段に出た。連邦地裁は2015年6月末、マルビナス諸島周辺の原油・天然ガス田で試掘作業を続けるプレミア・オイルなど英米5社に対し、銀行預金計1億5,600万ドルと、各社が所有する船舶などの資産没収を命じた。

 この司法判断をアルゼンチンのティメルマン外相(当時)が全面支持したことで、英国政府は「非合法である」とアルゼンチン政府を痛烈に非難した。

 資産没収の命令が下ったのはプレミア・オイルのほか、英フォークランド・オイル・ガス、英ロックホッパー・エクスプロレーション、米ノーブル・エナジー、米エディソン・インターナショナルの英米企業ばかりだった。

 潮目が変わったのは2015年末だった。同時期に実施されたアルゼンチン大統領選挙で、反米路線を貫いてきたフェルナンデス政権(中道左派)から中道右派のマクリ現政権に交代。マクリ大統領は就任早々、前政権で滞っていた大胆な経済改革に着手した。

 2016年3月には、バラク・オバマ米大統領(当時)がアルゼンチンを訪問するなど、対米関係は改善に向かう。

 米大統領の公式訪問は1997年のクリントン政権以来、約20年ぶりで、親米路線に転じたマクリ新大統領の登場によって、領有権問題は表面上、下火になった感が強かった。

 ところで、アルゼンチンでは最近、高インフレと雇用の悪化などを背景に、マクリ政権に対する国民の不満は高まるばかりだ。

 世論調査の結果、マクリ政権に対する支持率を不支持率が倍近く上回るなど、逆風下の政権運営を強いられている。このまま大統領選挙を迎えれば、(マクリ氏の)再選は厳しいとの見方が広がっているという。

 アルゼンチンの南端から東方へ約500キロメートル沖合に位置するマルビナス諸島は約200の小島から構成され、総人口は3,000人弱。総面積は約1万2,170平方キロメートルで、長野県よりやや狭く、沖縄県の約6倍の広さだ。

 ここの領有権を巡り、アルゼンチン軍と英軍が軍事衝突した「フォークランド(マルビナス)紛争」から37年が経過した。この紛争は1982年4月に勃発。約3カ月に及ぶ戦闘の末、英軍が勝利した。わずか数カ月で両軍合わせ900人超の兵士らが命を落とした。

 1990年に国交が正式に回復し、英国が実効支配するなか、いまも互いに自国の領有権を主張し合っている。紛争終結時、マルビナス諸島の領有権問題が事実上、棚上げにされたためだ。

 マルビナス諸島はもともと、英国の燃料補給基地で、南極大陸を調査する上での中継地として位置付けられたが、近年、周辺海域で石油・天然ガスの埋蔵が確認されたため、現在はエネルギー安全保障をめぐる両国の領有権争いの象徴として注目されている。

 仮に政権交代が現実になれば、諸島周辺の石油・天然ガス鉱区の落札取り消しにとどまらず、それを契機に領有権をめぐる争いにまで発展する可能性も否定できない。

 現在、苦戦が伝えられる与党候補のマクリ氏に対し、野党の有力候補は中道左派のアルベルト・フェルナンデス元首相だ。クリスティーナ・フェルナンデス元大統領は副大統領候補として元首相をサポートし、選挙戦を有利に展開していると報じられている。

 経済低迷で国民の支持を失いつつあるアルゼンチン。他方、欧州連合(EU)からの離脱(Brexit)をめぐる政治的混乱で、テリーザ・メイ首相が辞任を表明するなど、国家分裂の危機に直面する英国。

 新しい指導者たちが内政の行き詰まりに対する世論からの厳しい批判を避けるため、愛国心を煽る手段として「マルビナス諸島の領有権問題」を政争の具に持ち出すとの指摘も少なくないようだ。

 5月29日、参院で日本とアルゼンチンとの投資協定が可決、承認された。マルビナス諸島周辺の鉱区開発には日本企業が参画することもあり、アルゼンチンの政治動向から目が離せなくなる。

 10月の大統領選挙まで残り4カ月を切り、選挙戦はいよいよ終盤に突入する。

■阿部 直哉(リム情報開発・総研チーム)
1960年、東京生まれ。慶大卒。ブルームバーグ・ニュースの記者・エディターなどを経て、リム情報開発の総研チームに所属。1990年代、米国シカゴに駐在。
著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)など。

最終更新:8/24(土) 10:03
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