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娘に会いに墜落現場の山へ・・・軽部真一アナが心に刻んだ遺族のひと言

8/24(土) 18:30配信

FNN.jpプライムオンライン

1985年、8月12日 、JAL123便が 群馬県の御巣鷹の尾根に墜落した事故。
乗客・乗員520人の命が失われ、遺族は家族を探しに山を登った。
ある遺族はフジテレビの軽部真一アナと登山した事が忘れられないという。
軽部アナも遺族にかけてもらった言葉が強く心に残っていた。

【画像】新人アナだった軽部と登った崖道

10月5日、忘れないよ

山岡武志さん82歳。
34年前の事故で娘の知美さん(当時16)と妹の薫さん(当時14)を亡くした。
毎年のように慰霊登山を行っていた山岡さんだが、今年4月には大腸がんの手術を受け、目も見えにくくなった。
去年の登山で呟いた「登るのは最後」という言葉が現実になった。
今年は妻と長男に慰霊登山を託した。

山岡さんは墜落事故以外に、よく覚えている日があると教えてくれた。
「事故直後、がけみたいな所をよじ登った。軽部さんと沢を。10月5日、忘れないよ」

一緒に登ってくれてありがとう

「すごいところだと思った。あの山は。本当に秘境ですわ」
事故が起きた年の10月5日、山岡さんは、御巣鷹の尾根を目指すことを決めた。
険しい道のりだが、そこに、2人の娘がいる。

妻の清子さんも当時を振り返る。
「あの時は雨が多かったから必死になって行った。登らなきゃ行けない。会いに行かなきゃいけないと思って。どこから出てくるんじゃないかと思って。出てこなかったけどね」

山岡さんに偶然、軽部が現地で声をかけた。

軽部は、事故の起こった年にフジテレビに入社。
新入社員のアナウンサー。情報番組の取材で現地を何度か登っていた。
「何度か登っていて道のりが分かっていたし、ご遺族の助けになるかもしれないと思い、声をかけました。」

山岡さんに、同行を許可してもらい、一緒に登ることになった。
遺族にとっては、同行されるのは迷惑で、取材を続けていいものか迷ったという。
迷いながらも取材を続けた。その様子はテレビで放映された。

取材後、山岡さんから言葉をかけられた。
「一緒に登ってくれてありがとう」
軽部はその言葉を今も忘れていない。

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最終更新:8/24(土) 18:30
FNN.jpプライムオンライン

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