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“応援ソング”のルーツと変遷を探る

8/25(日) 20:54配信

音楽ナタリー

音楽は時に聴く人に対して特別な効能を持つことがあります。さまざまなシチュエーションで、その音楽を聴くことで、ふっと楽になったり、気持ちが落ち着いたり。

中でも、その歌詞が聴き手に力を与える、ポジティブな気持ちにさせてくれる、そんな楽曲を我々は総称して“応援ソング”と呼びます。今や当たり前の音楽カテゴリの1つではありますが、しかし考えてみればかつてはこれほど“応援ソング”と呼ばれるような歌詞を持つ楽曲は多くなかったはずです。そもそも“応援ソング”という呼称もさして古くはないものですし。

なぜ今のような状況になったのでしょうか?

ざっくりと音楽の歴史を眺め、日本で一番古い“応援ソング”は何だろうかと追っていくと、歌曲の形を取ったものでは“軍歌”というところにあっさりとたどり着いてしまいました。それは間違いないと思うのですが、それで終わってしまうのはあんまりなので、改めて戦後の流行歌に絞って“応援ソング”のルーツとその変遷を探っていきたいと思います。

■ 聴き手に寄り添う歌~美空ひばり / 坂本九
戦後間もなく復興を開始する日本ですが、当時の流行歌の中には、復興の気持ちを後押しするような現代に多く見られるタイプの“応援ソング”的な歌詞を持った楽曲は見当たりません。それは、当時の主要なメディアや娯楽が映画であり、ヒット曲の多くがその主題歌であったことから、その歌詞が映画のストーリーに沿った青春讃歌であったり、情景を描写するものになりがちだったためのようです。それでも、戦後復興を支えた方々にとって、前向きで明るい映画とその主題歌が何よりの応援であったことについては想像に難くありません。

それが、テレビの普及によって状況に変化がもたらされます。当時のスターといえば映画俳優であり、その主題歌を歌う歌手を兼任することもありましたが、テレビの普及により徐々に変化が生じ、活躍の場をテレビや興行に移し、中には歌手をメインの活動にする人も現れます。

戦後間もなくから活躍していた美空ひばりは、年に10本以上の映画出演と主題歌の担当をすることもあった大スターでしたが、1963年あたりから徐々に映画から歌に活動の比重をシフトし始め、リリースするシングルも映画の主題歌ではないものがそれまで以上に増えていきます。

1970年、彼女の代表曲の1つである「人生一路」がリリースされます。この楽曲は彼女が森進一と共に出演した映画の主題歌ではあるのですが、その歌詞は映画の内容とはリンクしない独立したもので、映画の封切前からすでにテレビなどでも披露されていました。そしてその歌詞は、今の“応援ソング”に則ったスタイルを持つものになっています。

美空ひばり「人生一路」(1970年発売 / 作詞:石本美由起)
“胸に根性の 炎を抱いて

決めたこの道 まっしぐら

明日にかけよう 人生一路

花は苦労の 風に吹け”



現代の応援ソングからすると随分とハードコアな物言いの歌詞ではありますが、自分を鼓舞するとともに聴き手を鼓舞する曲にもなっています。彼女自身にとっても大切な曲であったようで、彼女のラストライブとなった1988年の東京ドーム公演でも、本編のラストに歌われたのがこの曲でした。

美空ひばりから遅れること十数年、映画出身ではなく歌手として芸能界デビューし、黎明期のテレビを舞台に歌手・俳優・タレントとしてスターになったのが坂本九。彼の代表曲である「上を向いて歩こう」も聴き手の捉え方によっては応援ソングになりうる歌詞ですが、とりわけ明確な応援ソング的な存在なのが、美空ひばりの「人生一路」に7年先駆けて1963年にリリースされた「明日があるさ」です。テレビのバラエティ番組のテーマソングとしてリリースされた楽曲で、近年もカバー曲として親しまれていますが、ここまでライトに聴き手の気持ちを押してくれる曲はこれが初めてなのではないでしょうか。

坂本九「明日があるさ」(1963年発売 / 作詞:青島幸男)
“明日があるさ 明日がある

若いボクには 夢がある

いつかきっと いつかきっと

わかってくれるだろう”



他者に働きかけるような歌詞ではないですが、そのポジティブなメッセージ感は容赦なく聴き手に伝わってくる歌詞です。テレビがメディアの主役になり、映画というフィクションがベースになっている歌詞から変化し、より聴き手に近い関係性で楽曲が生まれるようになったことで、“応援ソング”的な楽曲の萌芽がここで現れたということになります。

■ 聴き手への呼びかけ~吉田拓郎 / 中島みゆき
1960年代後半になると、日米安全保障条約への反対運動をきっかけにして、アメリカのボブ・ディラン、ジョーン・バエズらをお手本にして日本でもプロテストソングが歌われ始めます。しかし、そこでアングラ界のヒーローになったフォークシンガーも、メジャーに上がろうという意志を持った人は、徐々に直接的な社会的メッセージを掲げないようになっていきます。

吉田拓郎もアマチュア時代などの最初期こそ具体的に社会性のあるメッセージを持った楽曲を歌ったりもしていましたが、録音された音源にはほとんどそのような楽曲はありません。代わりにもっと一般に届くメッセージ性を持った曲として、自分の心情や風景を独特の筆致でつづった歌詞を歌うようになっていくのですが、その多くは私小説的に“わたし”“ぼく”“おいら”といった一人称を伴うものです。

しかし、彼の歌詞の中にはそれら一人称をあえて使わずに書いたと思わしきもの散見されます。そのような技術で書かれた歌詞は、己のことを歌っているようにも感じられる一方、こちらに対して投げかけられているようにも感じられるようになっています。

よしだたくろう「人生を語らず」(1974年発売 / 作詞:よしだたくろう)
“おそすぎる事はない 早すぎる冬よりも

始発電車は行け 風を切ってすすめ

目の前のコップの水を ひと息にのみほせば

傷もいえるし それからでもおそくない

越えて行け そこを

越えて行け それを

今はまだ 人生を 人生を語らず”



少なくともこの楽曲の歌詞は他人に何らかのポジティブな干渉を行おうという意識がある、応援ソングとしてのスタイルを持った楽曲であると判断できます。

そして現在も応援ソングの代表的な楽曲の1つである、中島みゆきの「ファイト!」が誕生したのが1983年。そのリリースはアルバム「予感」の収録曲としてであり、当時はシングルとしては発売されず、彼女のファン内では評価は高かったものの、一般にまで広く認知を得た曲ではありませんでした。

それが広く知られるようになったのは、生命保険会社のCMソングに採用された1994年以降のことです。しかもこの曲の歌詞は、CMで実際に使用されたサビ部分こそ純粋に応援と捉えることができるものですが、それ以外の部分は生まれながらの性差など、個人の努力ではとても逃れられない厳しい事情がつづられる歌詞であり、ただの応援ソングとしては聴けないレベルのヘビーな曲でもあります。

中島みゆき「ファイト!」(1983年 / 作詞:中島みゆき)
“薄情もんが田舎の町にあと足で砂ばかけるって言われてさ

出てくならおまえの身内も住めんようにしちゃるって言われてさ

うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかったこの切符

あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき”

しかしどんな境遇にあっても「それでも生きていてほしい」というメッセージは、中島みゆきの偽らざる気持ちとして強く伝わってきます。

今に至る応援ソング的な歌詞のベースは、このようなフォーク、ニューミュージックの持つメッセージ性から生まれてきたものであると言えるでしょう。

■ アイドルからのメッセージ~菊池桃子 / 酒井法子
「ファイト!」が最初にリリースされた1983年頃は、アイドルの全盛期でもありました。多くのアイドルがおよそ3カ月に一度新曲をリリースするという状況下、さまざまなバリエーションの歌詞が生み出され、特に全盛期でもあった1982年デビュー組以降にデビューした女性アイドル歌手は、その中に割って入っていくために個性的な演出や、あらゆる切り口の楽曲でもって売り出される形になりました。そしてその中にこれまでに目立なかった「女の子が(好きな)男の子を励ます」という形式を持つ歌詞が現れます。菊池桃子の「Say Yes!」、酒井法子の「夢冒険」、浅香唯の「Believe Again」などがその代表として挙げられます。

菊池桃子「Say Yes!」(1986年 / 作詞:売野雅勇)
“勇気を出して翔んでね

怖がらなくて平気よ

夢の重さ支えあれば走れるわ”

酒井法子「夢冒険」(1987年 / 作詞:森浩美)
“心に冒険を 夢が聴こえるよネ

自分の速度で 近づけばいいよネ

心に冒険を 夢を抱きしめたくて

そんな君の傍 見守ってたい”



「こんな子にこんなこと言われたい」と素直に思わせるそのスタイルは、正直あざとくはありますが聴き手としては悪い気持ちにはなりません。その後も歌詞のバリエーションの1つとして存続し続け、その後の“応援ソング”が一般化した世の中に収斂していきます。

女性アイドルシーンは1990年代に一時著しく衰退しましたが、2000年代後半に復活、現在のアイドルシーンでも応援ソング的な位置付けの楽曲は健在です。

■ “応援ソング”が市民権を得たとき~岡村孝子 / THE BLUE HEARTS
1983年に衝撃的なデビューを果たしたのが尾崎豊。“社会への疑問”“現実の不自由さ”をリアリティのある言葉で訴えた彼の歌詞は、直接的な応援ではなくとも、同じような気持ちを抱きつつも言葉にできないままでいた同世代の少年少女を中心に鼓舞し、広く共感をもって迎えられます。

また、それまでラブソングのヒット曲を持っていた長渕剛が、社会的個人的なメッセージを積極的に発信するようになってきたのが1980年代の半ば。「HOLD YOUR LAST CHANCE」など聴き手を応援、鼓舞するような楽曲も生まれ、こちらもその言葉でもって共感を生み、熱狂的なファンを増やしていきます。

時代がそのような空気感を持つ楽曲を受け入れられるようになってきた1987年、今に至る“応援ソング”のパイオニアとも言うべき2曲がこの世に誕生します。

1曲は岡村孝子の「夢をあきらめないで」。歌詞全体を読むと、それほど何か鼓舞するようなメッセージソングではなく“夢を持つ相手へのラブソング”という体なのですが、やはりそのストレートなタイトルとサビの歌詞の強さはその流麗なメロディと共に多くの人の心に刺さったのでしょう、シングルとしてはオリコンのウィークリーチャートで最高位50位ながら、年間を通してのロングセラーとなり、それ以降も歌い継がれることになります。

岡村孝子「夢をあきらめないで」(1987年 / 作詞:岡村孝子)
“あなたの夢を あきらめないで

熱く生きる瞳が好きだわ

負けないように 悔やまぬように

あなたらしく 輝いてね”



もう1曲がTHE BLUE HEARTSの「人にやさしく」。もともとはインディーズでリリースされたこの曲ですが、その頃のパンクやモッズを中心としたインディーズシーンには、辛辣で過激な社会的主張を歌にするバンドや、聴き手を鼓舞するようなメッセージ性を持ったバンドが多くいました。しかし、この曲の恐ろしいまでにシンプルなメッセージはそれらの中で圧倒的に図抜け、メジャーに届き、当時の多くの人に届き、時代を越えて今でもまだ届く、それだけの普遍性を持ったものでした。こちらもオリコンの最高位はメジャーからCDでリリースされた際の28位が最高なのですが、その後、その順位を遥かに超えていかに世の中に浸透したかという点については言うまでもありません。

THE BLUE HEARTS「人にやさしく」(1987年 / 作詞:甲本ヒロト)
“人にやさしく

してもらえないんだね

僕が言ってやる

でっかい声で言ってやる

ガンバレって言ってやる

聞こえるかい ガンバレ!”

これらの2曲は、作り手の想定を超える規模で聴き手に受け止められ、広がっていきました。ここに来て応援ソングに類する楽曲がそういうものとして市民権を得た、ということになります。

■ メディア発の“応援ソング”ブーム~浜田麻里 / ZARD
「“応援ソング”は広く受け止めてもらえる」と発信する側やメディアも認識したことで、それ以降メディアが次の応援ソングを生み出し、積極的に発信していくようになります。

その端的な例が「オリンピック中継のテーマ曲」。NHKがオリンピック中継のテーマ曲として書き下ろしの新曲を使用した最初は、日本開催の札幌冬季の事例を除けば、1988年にソウル五輪のテーマ曲として使用された浜田麻里の「Heart and Soul」です。

浜田麻里「Heart and Soul」(1988年 / 作詞:浜田麻里)
“夢やぶれ泣いた日々もあった

今はそう あふれる

power in my mind

今日こそ旅立てそう”



民放もそれに追随する形でオリンピック中継に際して書き下ろし楽曲の使用を常に行うようになり、次にはバレーボールの世界大会、さらにサッカー日本代表の試合などの大きなスポーツ中継の際にも書き下ろしのテーマ曲が準備されるようになります。

スポーツ中継のために書き下ろされる楽曲の場合、当然応援のメッセージが込められることになり、それはこのうえなく“ハマる”ものであることは間違いありません。かくしてスポーツの大きな大会があるごとに新たな応援ソングが作られ、その中継時に幾度となく流されることで、我々の脳裏にも刻まれることになります。

スポーツ大会以外では、日本テレビ系列で毎夏放映される「24時間テレビ『愛は地球を救う』」では、1992年に谷村新司と弾厚作(=加山雄三)とでオリジナルの応援ソングである「サライ」を番組放送中に制作するという出来事がありました。

24時間テレビは、この頃からさまざまな既存の“応援ソング”的な楽曲をBGMとして積極的に使用し始めるという動きも見せるのですが、中でも定番化しているのが、24時間マラソン中継時の印象的な場面でかかることで知名度を上げたZARDの「負けないで」。1993年にリリースされたこの曲は、もともと関係ない他局のドラマのエンディングテーマとしてのリリースだったのですが、たちどころに応援ソングの代表格的存在となり、今でも24時間マラソンのパロディ的な番組企画のときでさえ使用されるほどの象徴的な楽曲になりました。

ZARD「負けないで」(1993年 / 作詞:坂井泉水)
“負けないでもう少し

最後まで走り抜けて

どんなに離れてても

心はそばにいるわ

追いかけて遥かな夢を”

このようにして完全に応援ソングは歌詞の1ジャンルとして確立し、その後はメディア発の楽曲はもちろん、そうでなくても、岡村孝子やZARDの流れを受け取ったシンガーソングライター、THE BLUE HEARTSや同時代のバンドのメッセージ性を受け継いだバンドもそれぞれの表現で応援のメッセージを発信し、また日本のヒップホップ勢からもそのような応援的なリリックを持つ楽曲も生まれてくるなど、多くのジャンルに拡大し、広い世代に受け入れられ親しまれるものになっていきました。

■ 「ありのまま」型応援ソングのブレイク~SMAP
現在に至る応援ソングは“夢を持ち”“努力をする”ことを前提に、夢の実現を願い、努力する気持ちを鼓舞する歌詞がおよその定型となります。

が、正味の話をすれば、「夢らしい夢はない」「努力をするのもちょっとしんどい」という感じの、そしてそれがゆえに熱い応援ソングにはいまいち乗り切れない、という方々が実は世の中の多勢ではないかと思います。

しかし、そんな応援ソングには無縁だった世の中の多勢に刺さりまくる応援ソングが21世紀の初頭にこの世に現れます。SMAPの「世界に一つだけの花」です。2002年7月にアルバム収録曲として世に出て、翌2003年にドラマ主題歌としてシングルリリースされたことで爆発的にヒットしました。

SMAP「世界に一つだけの花」(2002年 / 作詞:槇原敬之)
“小さな花や大きな花

一つとして同じ花はないから

No.1にならなくてもいい

もともと特別なOnly One”

この曲はただの現状肯定の楽曲ではありません。それぞれ違うのは種であり、その花を咲かせるためには“一生懸命”になることが必要だということはきちんと言っている歌詞です。努力不要で大成功という類のものではありません。それでも、No.1にならなくてもよくてもともと特別なOnly Oneなのですから、40年前の「人生一路」の歌詞と比較すると、何と覚悟がいらないことか。

とはいえ、これに類似した“ありのまま”型の歌詞を持つ楽曲は、過去にもないことはありません。

白鳥座「心にスニーカーをはいて」(1982年 / 作詞:さだまさし)
“心にスニーカーをはいて

飾らない言葉で抱きしめて

素顔のままで充分な程

あなたは あたたかい”



坂本真綾「そのままでいいんだ」(1997年 / 作詞:Gabriela Robin)
“そのままでいいんだ

ふいをつかれて時がたちどまる

そのままでいいんだ

あふれる痛みそっと包むように

ちいさな両手いっぱい

私だけのこの人生

ほかの誰も決められない”

それでも、確認できた限りでは本当に散見されるレベルであり、歌詞のニュアンスも異なっています。まさにSMAPが「世界に一つだけの花」でこの種類のメッセージ性を一気に広めた形になります。

この曲が爆発的に流行したのは、“夢らしい夢はない”“努力をするのもちょっとしんどい”という人だけでなく、当時の就職難や盛り上がらない景気を背景に、“夢はあるがその職に就けない”“夢に向かおうにも経済的に先立つものが得られない”といった人も含めて、極めて多くの層にアピールできたためではないかと思っています。

このような“ありのまま”型のメッセージ性を持つ楽曲はこの曲以降、以前よりは頻繁に見受けられるようになりますが、それでも通常の応援ソング型を量的に引っくり返すようなことにはなっていません。それはそのようなメッセージが求められていないのではなく、それだけ「世界に一つだけの花」という楽曲が唯一無二レベルの普遍性を持ったということなのだと思います。

■ 終わりに
スポーツ中継のテーマ曲としての応援ソングは今も尽きませんが、オリンピック金メダリストの高橋尚子選手がhitomiの「LOVE 2000」を聴いて自分を鼓舞していたという話もあるように、逆にアスリートが応援ソングに助けられるという状況も普通になり、今やお互い切っても切れない関係性となっています。

震災などの困難に遭遇してしまった方たちが、そこから立ち直り復興を進めていく過程で音楽に助けられたと仰っている事例も数知れず、音楽にはやはりそういう特別な力があるということなのでしょう。

音楽が誰かにとって音楽そのもの以上の価値を持つとき、それはその楽曲がその人にとっての“応援ソング”である、ということなのかもしれません。

文 / O.D.A.(WASTE OF POPS 80s-90s)

最終更新:8/25(日) 20:54
音楽ナタリー

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