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これこそ古くて新しい、日本を超えた現代の世界文学―紫式部『源氏物語 A・ウェイリー版1』沼野 充義による書評

8/25(日) 12:00配信

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◆古くて新しい現代の世界文学

『源氏物語』には、与謝野晶子を初めとして、谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴などによる数多くの近・現代日本語訳がある。現在、角田光代による最新訳も進行中だ(河出書房新社『日本文学全集』所収、全三巻のうち上・中が既刊)。そこにまた一つ、新たなバージョンが加わった。毬矢まりえ、森山恵の姉妹(姉は俳人、妹は詩人)による共訳で、最近第4巻が出て完結した。各巻ほぼ七百ページもある堂々たるものだ。しかも飛び切りユニークな訳文なので、これ以上新訳が要るだろうかなどという疑念を軽く吹き飛ばしてしまう。

何はさておき、実例を見よう。誰もが知っている物語の冒頭は――「いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます。ワードローブのレディ(更衣)、ベッドチェンバーのレディ(女御)など、後宮にはそれはそれは多くの女性が仕えておりました。その中に一人、エンペラーのご寵愛を一身に集める女性がいました。」カタカナ英語にはなんと、「更衣」「女御」といった漢字のルビがふられている。いったいどこの国の話だろうか、とびっくりするが、じつはこれはアーサー・ウェイリーによる英訳“The Tale of Genji”(一九二五-三三)を日本語に「逆翻訳」したものなのだ。名訳の誉れ高いウェイリー版から日本語への逆翻訳としては、佐復秀樹による先例(平凡社ライブラリー、全四巻、二〇〇八-九)がある。しかし佐復訳は信頼できる学者による優れた訳だとはいえ、常識の枠内にとどまるのに対して、毬矢・森山訳はぶっ飛んでいる。

ウェイリーは語学の天才と謳(うた)われたイギリスの東洋学者。独学で中国語・日本語をマスターし、中国や日本の古典を次々に翻訳した。彼の『源氏物語』は、作品のほぼ全体を初めて英語で示すものであり、翻訳とは思えない流麗かつ精緻な訳文が世界の読書人の心をとらえ、日本の外でほとんど知られていなかったこの大作を一躍、世界文学の名作に仲間入りさせたのである。ちょうどウェイリーの友人、スコット=モンクリーフがプルーストの『失われた時を求めて』を英訳して評判になっていた頃で、『源氏物語』はこういった作品と並んで、古めかしい古典というよりは、モダニズム文学の一翼を切り開く新奇なものとして英語圏の読者に衝撃を与え、受け入れられたのだった。

ウェイリーの英訳は原文にないものを追加したり、逆に省略したりした箇所も多く、まだ『源氏物語』の研究がいまほど進んでいなかった時代のことで、誤訳も少なくないと言う。しかし、日本の事物を英語圏の読者に分かりやすいものに置き換え、英語による文学作品として読めるものとして、独自の価値を持つと評価されている。それ以後、サイデンスティッカー、タイラー、ウォッシュバーンなどによる、より正確な英訳が次々に出たが、ウェイリー版の輝きは失われていない。毬矢・森山訳は英語作品としてのウェイリー版『源氏物語』の魅力を日本語で再現しようとしたものだ。もちろん単に日本語の原文に帰ってくることにはならない。ウェイリーが英訳の作業を通じて、原文の何かを失ったとしても、原文にない何かを付け加え、新しい作品に生まれ変わらせたのだとすれば、毬矢・森山訳はさらにそこから新たな作品を再創造した。

出たばかりの第四巻は、ウェイリーが『源氏物語』の中でも一番高く評価した「宇治十帖」のうち、最後の七巻を収める。その一巻「浮舟」で、匂宮(におうみや)が浮舟を連れ出して船で対岸の「橘(たちばな)の小島」の隠れ家に向かう名場面は、ウェイリー版からの逆翻訳ではこうだ――「対岸は恐ろしいほど遥か遠く。ウキフネは震えてニオウにすがりました。朝ぼらけの空には雲ひとつなく、二人のまわりに広がっていく水の輪に、月の光が煌めいています。『しばらくアイランド(小島)に寄ろう』とニオウは言い、やがてリヴァーガーデン(川の園)のように整えた、岩棚にボートをつけました。(中略)『ああ、リトル・アイランド(小島)を飾るオレンジツリーよ、お前の緑がいかに深かろうと、わたしたちの愛が冷めるよりも早く落ちるだろうよ』」

よく知られているように、『源氏物語』の原文は主語が明示されることが少なく、誰のことを言っているかは敬語の複雑な使い分けから判断しなければならない。それに対して、英語では、日本語のような複雑な敬語法はないかわりに、主語を明確にし、登場人物たちの名前をはっきり打ち出す。毬矢・森山訳は、それを受けて、登場人物名をすべてカタカナ表記にした。次々に繰り出されるカタカナ語に読者は最初、『源氏物語』の世界にこれではあまりにも突拍子もない、と違和感を抱くかもしれないが、読み進むうちに分かってくるのは、この語り口がじつに滑らかで優美だということだ。こうして現出するのは、明澄な無国籍風のお伽噺(とぎばなし)のようなもう一つの世界である。いや、「無国籍」と言うよりは、これこそ古くて新しい、日本を超えた現代の世界文学と呼ぶべきものだろうか。

[書き手] 沼野 充義
1954年東京生まれ。東京大学卒、ハーバード大学スラヴ語学文学科に学ぶ。2017年10月現在、東京大学教授。2002年、『徹夜の塊 亡命文学論』(作品社)でサントリー学芸賞、2004年、『ユートピア文学論』(作品社)で読売文学賞評論・伝記賞を受賞。著書に『屋根の上のバイリンガル』(白水社)、『ユートピアへの手紙』(河出書房新社)、訳書に『賜物』(河出書房新社)、『ナボコフ全短篇』(共訳、作品社)、スタニスワフ・レム『ソラリス』(国書刊行会)、シンボルスカ『終わりと始まり』(未知谷)など。

[書籍情報]『源氏物語 A・ウェイリー版1』
著者:紫式部 / 翻訳:毬矢 まりえ,森山 恵 / 出版社:左右社 / 発売日:2017年12月22日 / ISBN:4865281630

毎日新聞 2019年8月25日掲載

沼野 充義

最終更新:8/25(日) 12:00
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