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「科学の実験なんかに意味があるのか?」に対する最高の回答がここに『すごい実験』レビュー

8/25(日) 18:00配信

本がすき。

『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』イースト・プレス
多田将/著


本書は、素粒子物理学やその実験施設について、高校生向けに行われた講演をベースに書籍化されたものだ。その辺りの話は、後でちゃんとする。しかしまずは、本筋とはまったく関係ないのだが、本書の記述の中で、より多くの人に知られるべきと僕が感じる話から始めよう。

それは、「科学の実験なんかにどんな意味があるのか?」という問いに対する答えである。

本書で扱われるニュートリノの実験には、多額の費用が掛かる。そんな莫大なお金をつぎ込んで実験をしていると知れば、こう聞きたくなるだろう。「ニュートリノにはどんな利用法があるんですか?」と。実際に高校生たちも著者にそう質問している。

それに対して著者は、「何も思いつかない」と返答した後で、携帯電話の話をする。


“ところが、この携帯電話に使われている技術っていうのは、「携帯電話を作ろう!」と思って開発されたものなんてほとんどないんです。まったく別の意図で開発されたさまざまな技術を結集して、この携帯電話は作られているんですね”


“「携帯電話を開発しましょうか」って言って、1から開発してると100年経っても絶対にできません。科学技術の世界は、そういうものなんです”

この記述が、本書の中で最も伝えるべき価値のあるものだと僕は感じた。

本書に書かれている話ではないが、科学の世界では昔より予算を取るのが難しくなっているらしい。iPS細胞やAIなど、ビジネスにすぐに結びつきそうな研究については、国からだけではなく様々な企業からお金を得ることが出来る。しかし科学研究はそういうものばかりではない。というか大半が、それを研究してどうなるのか分からないようなものばかりだ。

しかし、科学の予算を取るためには、「この研究をするとこういう良いことがあります」という書類を出さないといけないようだ。これは基本的な発想が間違っていて、どういう結果が出るか分からないから研究するのだが、予算を取る時には、さも結果が分かっているかのように振る舞わなければならないのである。だから益々、実益に結びつかなそうな基礎研究にお金が回らなくなる。ノーベル賞を受賞した本庶佑氏も、応用ではなく、基礎研究にもっと多額の研究費用を投資するべきだ、と会見で主張していた。今日本人でノーベル賞を受賞している人たちは、まだ基礎研究にお金が回っていた時代の研究成果が評価されているのだ。このまま基礎研究にお金が回らなければ、日本はいずれノーベル賞を受賞できなくなるだろう、とも危惧されている。

本書で著者は、「研究すること」を「東急ハンズの棚に商品を並べること」に喩えている。


“実はね、科学の世界もこれと同じなんですよ。東急ハンズみたいなものです。
科学の世界っていうのは、まずいきなり、この携帯電話を作ろうと思って、その技術を開発しようとしても無理なんです。非常に複雑な機械ですからね。だからまずは各々の学者なり技術者が自分の専門の何かを研究します。そして、「それが何の役に立つか?」は、とりあえず置いておいて、その研究成果を発表するわけです。この「研究成果を発表する」ということが、すなわち、「ハンズの棚に商品を並べること」なんです。いろんな学者が、棚にどんどん並べていくわけです
そしたら、次の世代の学者がハンズにやって来て、棚を見て、自分の役に立つものをピックアップしていきます。そうして作り上げたもの―それがこの携帯電話なんです。そうしないとできないんですよ、これは”

この説明はまさに、「科学の実験なんかにどんな意味があるのか?」に対する実に見事な説明だと僕は感じる。著者がニュートリノ研究に使っている「J-PARC」という加速器は、総工費1500億円、年間の電気代が50億円という莫大なお金が掛かる。そしてそれを使って研究しているものが、ニュートリノなどという、現時点では使い道のさっぱり分からない代物だ。しかしそれでも、ニュートリノの研究をする価値がある、ということが、この東急ハンズの喩えから伝わるのではないかなと思う。

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最終更新:8/25(日) 18:00
本がすき。

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