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都心から40km 立ち並ぶ横文字看板と鉄条網、米軍基地の街「福生」を歩く

8/25(日) 8:30配信

アーバン ライフ メトロ

馬が行き交った、横田基地の最寄り駅前

 JR八王子駅の八高線ホームに向かうと、次の列車は……30分後!

 都内で列車を30分待つ駅があるとは。さすが、平成になっても非電化ディーゼル車両が走っていた八高線(今も高麗川以北は非電化です)。そんな都内屈指のローカル線で目指すのは、米軍の横田基地がある福生です。

【写真】造りがシンプル過ぎる「東福生駅」と、アメリカの香り漂うベースサイドストリートの様子を見る

「東福生~東福生です~」 

 八王子から4駅めの東福生駅で降ります。JR青梅線にも「福生駅」がありますが、横田基地の最寄り駅は東福生駅なんです。

 だけど降りると、ホームと跨線橋(こせんきょう。線路をまたぐ橋)だけの簡素な駅に驚きます。跨線橋の上に一応、小さな駅員室もありますが、駅員はいたりいなかったり。都内に今どき、こんな駅があるなんて。本当にここが横田基地の最寄り駅? 戸惑いながら駅を出て、東へ進みます。

 駅前を横切る小道は「わらつけ街道」。やはり近くに米軍基地があるとは思えない「わらつけ」。かつてこの辺りは桑畑が広がり、背中にわらを付けた馬が行き交っていたとか。筵(むしろ)や草履の材料になる藁(わら)が、近くで採れたそうです。

 しかしそのまま進み、国道16号に出ると突然、景色が変わります。

 途切れなく行き交う車。そして道を渡った向こう側、西側には鉄条網をめぐらせた横田基地の塀が、延々と続いています。ゲートに「U.S. AIR FORCE」の文字も。一方で道の東側には、横文字看板の店が何軒もあります。ハンバーガー屋にカフェ、Tシャツ屋にタトゥー屋、アンティーク雑貨ショップに中古家具屋、テーラー(洋品店)。

 数分前に見た「わらつけ街道」の、のどかな風景が嘘のよう。いきなり目の前に「アメリカ」が迫ってきて、しばし茫然とします。

基地の前に生まれた一大繁華街

 福生は元々農村で、酒造業や養蚕も行われる静かな場所でした。

 しかし日本が戦時体制に向かう1940(昭和15)年、日本陸軍の試験飛行場「多摩飛行場(福生飛行場)」が作られます。終戦後は米軍が進駐して基地になり、近くの地名「村山町字横田」にちなんで「横田基地」と呼ばれるようになりました。

 朝鮮戦争で横田基地は最重要拠点となり、その規模は拡大されます。続いてベトナム戦争が勃発すると、横田基地には多くの米兵が駐留。国道16号を挟み、基地の反対側に米兵相手の店が並び、ベースサイドストリートと呼ばれる一大繁華街になりました。

 農村だった福生に出現したアメリカン・タウン。ただしその全盛期は、ベトナム戦争が終焉する1970年代前半まで。ベトナム戦争後は米兵が激減し、米兵向けの品物を売る店は減っていきます。

 それでもこの地で育まれたアメリカの香りは消えず、いくつかの横文字看板の店は残りました。そして米兵が減ったあとは、アメリカ風の街景色やグルメ、ショッピングを楽しむ日本人でにぎわっています。

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最終更新:8/25(日) 8:30
アーバン ライフ メトロ

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