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戦乱の節目で熊野が重要な役割 歴史学者の呉座さんら講演

8/26(月) 16:45配信

紀伊民報

 中世の戦乱と熊野水軍をテーマにしたシンポジウムが25日、和歌山県田辺市文里2丁目のガーデンホテルハナヨアリーナであった。歴史学者の呉座勇一さんらの講演があり、123人が聞き入った。

 軍記・語り物研究会と関西軍記物語研究会の主催。熊野水軍と縁の深い闘雞神社(田辺市東陽)の創建1600年を記念して同市で開かれた。紀伊民報後援。

 「応仁の乱」(中公新書)などの著者で国際日本文化研究センター助教の呉座さんによる基調講演「中世熊野と戦乱―歴史と文学のあいだ」では、軍記や記録などから中世の熊野の勢力と中央の関わりをひも解いた。

 「平家物語」には源平合戦の時、闘雞神社で熊野別当湛増が紅白の鶏を闘わせ、源氏と平家どちらに付くか、熊野権現の神意を占った結果、源氏に付いたという逸話が載っている。

 しかし、当時の貴族の日記からは前々から湛増が反平家という立場を明確にしていたと読み取ることができ、湛増が壇ノ浦合戦の時点でどちらに味方するかを迷っていたとは考えにくいと指摘。「本当に占いをやったかもしれないが、壇ノ浦合戦において熊野水軍の参戦は源氏の最大の勝因であるため、そのことを印象づけるための創作の可能性もある」と考えを述べた。

 他にも南北朝の内乱、応仁の乱などでの熊野勢の動向が史料に記されており、中世の戦乱の節目節目で熊野が重要な役割を果たしていたと紹介した。

 次に県立博物館学芸員の坂本亮太さんが「熊野水軍と紀州小山家文書」と題して講演。平安時代以降に紀伊半島沿岸部で割拠した武士団「熊野水軍」の中で、豊富な史料が残る紀州小山家のうち、日置川流域の山間部を拠点とする久木小山氏と串本町沿岸部や古座川周辺の西向小山氏に焦点を当て、熊野水軍の実態を読み解いた。

紀伊民報

最終更新:8/26(月) 16:45
紀伊民報

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