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女は喋るな、考えるな。すべての自由を剥奪された女性たちのディストピア的現在―クリスティーナ・ダルチャー『声の物語』岡和田 晃による書評

8/26(月) 6:00配信

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アメリカのあらゆる女性から、言葉が奪われた――。大統領の強制的な政策のもと、すべての女性の手首に、一日100語以上を喋ると強い電流が流れるワードカウンターがつけられた……。「ありえない」世界を描いているはずなのに、読んでいるうちに背筋が寒くなってくる。もしかしたら、これはまぎれもなく、わたしたちが生きている「今・ここ」ではないのか? “21世紀版『侍女の物語』"と激賞を浴びた、いま、この時代に読むべきディストピアSF。岡和田晃氏の書評を再録します。


◆女は喋るな、考えるな。すべての自由を剥奪された女性たちのディストピア的現在。

ガタガタぬかすな、女は黙ってろ──日々、そのような有形無形の「声」に取り巻かれ、息苦しさを感じる。ホモソーシャルな同一性を確認するため、異質な他者を排斥しようと圧力をかける「声」だ。気のせい? いやいや、ネット上は「アホフェミ」を叩く「声」で溢れているではないか。医大入試にて女性受験者が一律減点されたのを忘れたのか。とかく女性蔑視は世に遍在しており、焦点化しづらい。差別に反対する者でさえ、男尊女卑を内面化する例は珍しくないのだ。

疲れ果てていた矢先に、本書と出逢った。ショックだった。その衝撃をTwitterで伝えたところ、大きな反響があり、数日で十三万近い閲覧数を得た。硬派な文芸書としては相当な数だ。
本書で描かれるのは、あらゆる女性が手首にカウンターを嵌められ、一日に百語以上を発言すると電気ショックで罰せられる、そんなアメリカだ。密告が奨励され、同性愛者は投獄、諸悪の根源は「フェミナチ」だとされる……生々しい既視感? そう、本書で示される剥き出しの女性憎悪は、とりわけトランプ大統領以降、極右化の一途を辿る社会の原理そのものだ。なにせ、英語での百語は、日本語ではTwitterで二回発言するくらいの量でしかない。

アイラ・レヴィンを愛読する作者は、映画を意識した無駄のないストーリーテリングで、語り手の内省をバランスよく織り混ぜ、中核となるSF的アイデアを際立たせることに成功した。その際、本書へもっとも強い影響を与えているのは、マーガレット・アトウッド『侍女の物語』だ。
むしろ、女性のメールアカウントや銀行口座などが奪われ、去勢不安の情念に社会が掌握されていくプロセスは、9・11以降の紛争状況を彷彿させる演出で衝撃を与えた配信ドラマ版『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』に近い。

支配階級の男性が女性の身体を所有し、子どもを産ませようとレイプを繰り返す暴力をクローズアップしたのが『侍女の物語』だったとするならば……『声の物語』は、女性が自己主張を行う主体性そのものを、社会が圧殺する現状にスポットを当てている。そのダメージは、実は次世代にこそ致命的となる。語り手ジーンの娘は齢五歳にしてカウンターを嵌められ、読み書きすら教えられない。思考の自由が根底から剥奪されているのだ。

失語症の研究者だったジーンは、男尊社会へ過剰適応する息子との相克に苦しむ。彼女は自分と娘のカウンターを外す条件と引き換えに、脳に損傷を受けた大統領の弟の治療法の開発に参加するが、実は治療というのは隠れ蓑で、世界中の女たちから言葉を奪う計画への加担をも意味していた……。それを知ったジーンは、大胆な決断に至るのだが、結果的に、凡庸な夫を踏み台にする。無垢なヒロインの選択ではない。そもそも彼女は、同僚のイタリア人と不倫し、彼の子どもすら妊娠している。ゆえに、導き出されるクライマックスと結末に、ヘテロ男性の読者は、どうにもバツの悪い思いを抱いてしまうようだ。
けれども、それもまた本書の仕掛けではないか。虐げられた側の「声」を、清濁併せ呑む形で伝えつつ、全面的に肯定するナラティヴが採られているのを意味するからだ。読者が「現場」にまで降り、当事者の「声」に耳を傾けられるかが試されている。受容の姿勢さえできれば、結末の光景が陳腐にはならない。

[書き手]岡和田晃(SF評論家/ゲームデザイナー)

[書籍情報]『声の物語』
著者:クリスティーナ・ダルチャー / 翻訳:市田 泉 / 出版社:早川書房 / 発売日:2019年04月18日 / ISBN:4153350443

SFマガジン 2019年8月号掲載

早川書房

最終更新:8/26(月) 6:00
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