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宮西 尚生投手は高校入学時の球速は108キロ。それでもプロにいける器だと感じた理由

8/26(月) 12:10配信

高校野球ドットコム

 2017年に史上2人目となる通算200ホールドを達成し、自身初のタイトルとなる最優秀中継ぎ投手も受賞した宮西尚生。WBCの日本代表メンバーにも初めて選出。2018年には二度目の最優秀中継ぎ投手にNPB新記録325ホールドポイントを達成。

日本代表のユニフォームを着る宮西尚生

11年連続50試合以上登板も達成した宮西投手はいったいどのような高校球児だったのだろうか。投手として大きく飛躍した過程を知る、恩師・竹本 修監督に話をうかがうべく、宮西投手の母校、兵庫・市立尼崎高校を訪ねた。

最速108キロの1年生に感じたプロの予感

 私が市立尼崎の監督に就任した2001年春に入学してきたのが宮西でした。入学当時の宮西のストレートの最速スピードは108キロ。手の位置は今と同じようなサイドスローで、スムーズとは対極のガチャガチャっとした印象のフォーム。体も思い切り開いてて、いかにもボールが抜けてしまいそうな投げ方でした。ところが実際に投げたボールは抜けない。その「ボールをきちんと押さえ込める能力」にものすごく非凡なものを感じました。

「あの投げ方で抜けないということは相当握力が強いんだろうか?」と思い、手を見せてもらうと指がすごく長いんです。指が長いとボールをしっかりと包むことができるのでホールド力は高まります。投手としてのポテンシャルの高さを確信しました。

「もしかするとこの子、プロにいける器かもしれないな」という予感に襲われ、その予感を当時の部長に伝えたところ、返ってきたのは「いくら竹本先生のいうことでもそればかりは信じられません」。思い切り投げても108キロしか出ないわけですからね。当時はおそらく誰に言っても取り合ってもらえなかったと思います。1年生の間は115キロも出れば「おー!」という声が周囲からあがるような投手でした。

結果を問わずして確信できた生来のセンス

 宮西の1学年上には金刃 憲人がいました。宮西が108キロしか投げられないときに金刃は既に136キロを投じるチームのエース。次チームのエース候補として2年春、夏に宮西をベンチに入れましたが、3年生には木嶋 一博という好左腕もおり、宮西が2年生の時に公式戦で投げることはありませんでした。先日、金刃が3年生のときのスコアブックが出てきたので、懐かしいなと思いながら見返していたんです。練習試合の1試合目に金刃が先発し、2試合目で宮西が先発することが多かったのですが、金刃が3安打完封みたいな試合が大半なのに対し、宮西は3回7四死球、4回ノックアウトみたいな試合ばかり。当時の金刃との力の差が大きかったことをあらためて思い出してしまいました。

 ただし、試合がなかなか作れない状態が続いても、彼が投手としてものになる確信のようなものが感じられたのは、けん制やバント処理をまったく苦にしなかった点。普通、コントロールが定まらない投手はこれらの要素がえてして苦手なのですが、彼は普通にこなすし、内野手のようなショートスローもうまい。投げるということに対しての感覚が抜群だった。これらは指導してもなかなか身につかない部分。投手としての生来のセンスを感じずにはいられませんでした。

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最終更新:8/27(火) 9:13
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