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好景気の時代はクルマもバカ売れ! イケイケのバブル期に登場した国産アッパーサルーン4選

8/26(月) 6:10配信

くるまのニュース

 1989年、日産は北米市場で高級ブランド「インフィニティ」を立ち上げました。これはトヨタの「レクサス」ブランドやホンダの「アキュラ」ブランドと、誕生の経緯は似ています。

 そのインフィニティブランドでのフラッグシップモデルとして、立ち上げ当初に発売されたモデルが「Q45」です。日本ではインフィニティブランドの展開をしていないため、日産「インフィニティQ45」という車名になりました。

 全長5090mm×全幅1825mm×全高1430mmとフルサイズのボディは、同時期に日本で登場したセルシオよりも全長で約10cmほど大きいモデルでした。

 外観は、当時の一般的な高級サルーンが大型のメッキグリルを採用していたのに対し、インフィニティQ45はグリルレスのフロントデザインを採用したのが特徴です。

 搭載エンジンは4.5リッターV型8気筒の「VH45DE」型。北米仕様は300馬力を誇りましたが、日本仕様では自主規制値である280馬力に抑えられました。

 足まわりにはフロント、リアともにマルチリンクサスペンションがおごられ、さらに油圧式アクティブサスペンションも用意されるなど、まさに「技術の日産」にふさわしい、当時最先端の技術があますことなく採用されました。車両価格は520万円から用意されました。

 当時の日産は、「901運動」という名前の社内プロジェクトがありました。これは「1990年代に技術の世界一を目指す」というもので、1980年代後半から1990年代前半にかけて登場した日産車を対象に技術開発がなされました。

 R32型「スカイラインGT-R」やZ32型「フェアレディZ」、P10型初代「プリメーラ」、初代「シーマ」など、この時期、日産から数々の名車が登場しましたが、このプロジェクトから生まれたフラッグシップモデルが、インフィニティQ45となります。

 グリルレスのデザインは斬新でしたが、日本市場ではあまり受け入れられず、マイナーチェンジでフロントグリルが付けられました。1996年、北米で2代目「Q45」にフルモデルチェンジされましたが、1997年、その2代目Q45が日本で2代目「シーマ」として販売されることになり、日本においては「インフィニティQ45」という車名はなくなりました。

※ ※ ※

 バブル期には、高級サルーンだけでなく、当時の技術の粋を集めたスポーツカーや高級クーペが登場しています。いまでは考えられないくらい贅沢な素材やメカニズムを搭載したそれら国産モデルは、その後の世界のクルマづくりに影響を与えたものも少なくありません。

 どのモデルもすでに登場から約30年が経っているため、今回紹介した4台も、中古車市場で程度の良いクルマは多くありません。開発者の熱い魂が詰まったこれらの名車を見ると、イケイケだった当時を思い出す人も多いのではないでしょうか。

くるまのニュース編集部

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最終更新:8/26(月) 13:11
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