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清張も認めた〝人の業〟の奥行き 石沢英太郎「羊歯行」【あの名作その時代シリーズ】

8/28(水) 12:00配信 有料

西日本新聞

事件の舞台となった角山の山頂付近には、滴るような緑を湛えたシダの群生が…

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は07年5月6日付のものです。

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 -三原哲郎は天草・角山(かどさん)にシダ採取に出かけ転落死する。脳腫瘍(のうしゅよう)手術をした哲郎にとって初めての遠出だった。親友の嬉野は、哲郎が採取しようとした希少な「サツマシダ」が天草には存在するはずがないことから、その死に疑問を抱く。何者かが彼を危険な現場に誘導したのではないか。つまり、哲郎の死は、仕組まれた犯罪だったのではないか。

 石沢英太郎の出世作「羊歯行(しだこう)」は単独の遭難が殺人だったプロバビリティー(可能性)を暴く短編である。

 嬉野は東京から遭難現場に向かう。何につけ現場を踏まなければ物語は展開しない。記者も角山を目指した。

   ■   ■

 〈定刻、特急『はやぶさ』は、かすかに車体をふるわせて、九州に向かって滑りだした。五月、空は薫風かおる快晴ではあった〉

 石沢の筆は、無駄をそぎ落として明快である。次の行ではもう、嬉野が角山の見える地点に立っている。

 〈宮路岳で、村野という老人が、嬉野と入江を待っていた。「あれが角山です」〉

 前段に〈三角から、本渡に渡り、角山に登る〉とあるので、辛うじてルートが分かる。簡潔な記述とは裏腹に、角山は遠かった。熊本県天草市の本渡市街地から宮路岳地区まで車で三十分ほど。宮路岳は一九五七年まで一つの村だっただけに広い。宮路岳のどこから角山が見えたのか、見当もつかない。バス待ちの年老いた女性、クリーニング店の女性、田植え帰りの軽トラの男性などに聞くが、角山の存在すら知らないという。

 焦りを感じ始めたとき、コンビニの若い店員が「確かそんな山があったはず」と地図を広げてくれた。空白地帯に「▲」の記号があり、小さく「角山」とある。だがそれだけで、ルートは分からない。大方の方角を定めてさらにアクセルを踏んだ。 本文:2,439文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:8/28(水) 12:00
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