ここから本文です

「命がもったいない」樹木希林が9月1日に涙した理由

2019/8/31(土) 7:05配信

BuzzFeed Japan

2018年9月1日、病床の樹木希林さんは窓から外をながめ、涙を流しながらこうつぶやいた。

「死なないで、ね…どうか、生きてください…」
「もったいない、あまりに命がもったいない…」

例年、全国で自殺する子どもの数は9月1日前後に増加する。樹木さんは全身をガンに侵されてもなお、自分や家族のことではなく、今まさに消えようとしている命があることを気に病んでいた。

その2週間後、女優・樹木希林は75年の生涯を終えた。

娘の内田也哉子さんは、そんな母からの最期のバトンを受け取り、1冊の本をまとめた。こうして今年8月1日に出版された『9月1日 母からのバトン』は母との共著だ。

あの時、母は一体何を伝えようとしていたのか。

母は他の誰よりも身内との距離感に気を使う人だった。親子として過ごした42年間、どこか遠い母との関係に寂しさを覚えたのは一度や二度ではない。

ベールに覆われた母を知る旅が、こうして始まった。【BuzzFeed / 千葉雄登】

生前、「本を出したくない」と語っていたが…

「当時は母のことで世の中からあらゆる要求がたくさん届いていて、引きこもってしまいたいくらいの気持ちでいました」

樹木希林さんが亡くなった翌日から、週刊誌やテレビ局、出版社、新聞社からの取材や執筆の依頼が殺到した。そうした依頼のあまりの多さに動揺してしまったと内田さんは明かす。

数ヶ月後、今回の著作の編集者から不登校について生前語っていた内容をまとめた本を出版したいという手紙が届いた。その日初めて、内田さんは母が不登校について取材に応え、講演を行なっていたことを知る。

しかし、生前、「本を出したくない」と語っていたこともあり、出版の依頼は断るつもりでいた。すでに母に関する本がかなりの数、出版されている。きっと母が意図していないであろう状況に申し訳なさを感じていたと静かにつぶやく。

「母は自分の残す言葉に興味を持っていなかった。インタビューを受けても絶対にチェックをしないし、すでに世に出たものであれば何でも使ってくださいと言う人でした。留守電に『二次使用はどうぞご自由に』と一言添えていたほどです」

だが、編集者と電話で話をしたとき、病室での一コマが脳裏に蘇った。それは死の間際、学校に通えないことを苦に命を断つ人がいる現実を憂いていた母の姿だった。この9月1日についてであれば、母ならきっと「おおいに使ってください」と言うのではないか。

気付けば、本にするならば「不登校経験者や関係者、もしくはそうした現状をよく知っている人に話を聞き、この問題を深掘りしたい」と内田さんから編集者へと逆提案をしていた。母のバトンをしっかりとつなぐため、人に会って、話をしたいと考えた。

「追い込まれていた時に、一筋の光として降り注いできたのがこのテーマだったんです」

1/4ページ

最終更新:2019/8/31(土) 7:05
BuzzFeed Japan

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事