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『ラストダンスは私に 岩谷時子物語』著者インタビュー村岡恵理【KEY WORD 2】二足のわらじ

9/3(火) 11:00配信

本がすき。

「君といつまでも」「男の子 女の子」などの大ヒット作詞家として、また越路吹雪の生涯のマネージャーとして、昭和を駆け抜けた異才の人、岩谷時子。
その生涯を描く渾身のノンフィクションを発表した著者の村岡恵理さんに、『宝塚歌劇』『2足のわらじ』『加山雄三と坂東玉三郎』3つのキーワードで、本にまつわるさまざまなエピソードを伺った。

戦争が終わると、ようやく越路吹雪はトップとして花開きます。

「戦中は、宝塚といえども軍服物をやらざるをえなくて、越路さんも、やっといい役が付くようになった時期に、いがぐり坊主に軍服姿で舞台に立っていた。それが戦後、急にアメリカ志向に路線変更され、越路さんは水を得た魚のように『ビギン・ザ・ビギン』や『セメントミキサー』でGHQにも大受けして、さらに『ブギウギ巴里』で持ち前のバタ臭さがさく裂して、ファンを魅了した。この頃の宝塚の舞台映像や音源が残っていないのは、残念です。唯一、映画『結婚行進曲』で上原謙さんが劇場に行くシーンの劇中劇で、帝劇の舞台でやっているのが、コーちゃんの『ビギン・ザ・ビギン』なんです。その頃はすでに宝塚を退団して女優になっていて、脚を見せた衣装で妖艶でしたね。越路さんは20代でここまで大人っぽい人だったんだな、と思いました」

岩谷時子が若くして名マネージャーと言われた理由は何なのでしょう。

「実は越路さん本人は、宝塚にいた頃から男役にはどこかで違和感を感じていましたし、和物の女役の仕度をしたりすると、実にきれいだったそうです。そういう意味で、東宝に移籍して日本初のミュージカル『モルガンお雪』一作で“性転換”に成功したのは、本当に運がよかった。宝塚の男役からの転身では、ついていくファンの皆さんが、スターへの愛は変わらないけれど、心のどこかで男役でなくなって残念、と感じてしまう例がないわけではありません。今でも宝塚から巣立つ人たちが新たな自己プロデュースをすることは、たやすいわけではない。岩谷さんのようなブレーンは、みんな欲しいかもしれませんね。

その後東宝での越路さんは、ちょっと足踏みする時期もあって、一つ一つの出し物はチケットも売れるけど、あれ、成長していない。演出の菊田一夫さんとも合わないことが明白になっていきます」

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最終更新:9/3(火) 11:00
本がすき。

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