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【能力主義の陰で】優劣の葛藤、周囲からのレッテル…パラアスリートに学ぶ「生きづらさ」の先

9/4(水) 14:00配信

カナロコ by 神奈川新聞

 障害を乗り越えた「超人」とたたえられるパラアスリートたちも、勝敗が明確に決する能力至上の世界で、悩み、苦しんでいた。津久井やまゆり園19人殺害事件があぶり出した、逃れられない能力主義と、わたしたちはどうつき合っていけばいいのだろう。「障害者」と「アスリート」の両方に帰属し、「生きづらさ」と向き合うパラアスリートに学びたい。(川島 秀宜)

 「水の女王」は、横浜市のスイミングスクールで黙々と練習に打ち込んでいた。パラ競泳の成田真由美選手(49)。9月の世界選手権と来年3月の選考会に、東京パラリンピック出場が懸かる。

 1996年のアトランタから、シドニー、アテネの連続3大会で、15個の「金」を含むメダル20個を獲得し、いつしかその称号が定着した。困難を乗り越える成田選手の「意志の力」は、安倍晋三首相の2013年の所信表明演説で、たびたび言及された。

 13歳で脊髄炎を発症して下半身がまひし、車いす生活になった。脚が勝手に震える症状が練習中に表れると、中断してコーチが制止させる。交通事故による頸椎(けいつい)の損傷で左手もまひし、後遺症で体温調整がうまくできないという。激しい練習で体温が上がるたび、バケツに張った冷水で首筋を冷やさなければならない。

 練習は「楽しくない。苦しいですよ」と明かした。ゴーグルに涙がたまるほどだ。「でも、楽しかったら競技者じゃなくなっちゃう」

「弱者」と「強者」 共存するレッテル

 「できないことがある弱者」と「身体機能を高めた強者」。「障害者」と「アスリート」に帰属するパラアスリートは、周囲からの矛盾する印象が共存していると、日本パラ陸上競技連盟副理事長の花岡伸和さん(43)は考える。「健常者から勝手に張られるレッテルに、生きづらさを感じてしまうんです」

 花岡さんは車いすマラソンでアテネ(04年)、ロンドン大会(12年)に出場し、最高5位に入った。強くなければ、期待に応えなければ――。パラリンピックが注目されるようになると、現役当時、そうした重圧に苦しめられるようになる。自律神経を乱し、胃腸炎になった。ただ、世界と戦うトップとして「しんどければ、しんどいほどいい」と気にとめなかった。

 引退して指導者に転じ、同じように不調に陥る選手を目の当たりにしてから、客観的にその深刻さに気づいた。「アスリートは超人ではない」とも。「言ってみれば、自分は超がんばってきた凡人ですよ」。障害は乗り越える対象ではない、という。「つき合っていくものです」

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最終更新:9/4(水) 14:43
カナロコ by 神奈川新聞

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