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徴用工問題 韓国政府が05年に下した意外な判断

9/8(日) 10:00配信

毎日新聞

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が青瓦台(韓国大統領府)幹部として支えた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は2005年、強制動員犠牲者の救済問題は「韓国政府に道義的責任がある」として死傷者に追加支援を行う方針を決めた。日韓請求権協定で解決済みとされる範囲はどこまでか、専門家を含む「官民共同委員会」を発足して検証した結果だった。【ソウル支局長・堀山明子】

 日本企業に賠償を命じた昨年10月の最高裁判決は、この決定に矛盾しないのだろうか。韓国外務省が最近、矛盾するという認識は「誤解」だと説明した。当時、ソウル特派員として追加支援を発表する記者会見に出ていた私も、この点は引っかかっていた。14年前の外交判断と最高裁判決の間にある「溝」の背景を検証してみた。

 ◇光復節演説で「実質的救済」に触れたものの……

 「我々は過去にとどまることなく、日本とともに被害者の苦しみを実質的に癒やすために取り組んできました」

 文大統領は今年8月15日の光復節の演説で、日本による植民地時代に苦痛を負った被害者救済のため、韓国政府が日本と協力してきた事実に一言だけ触れた。

 ただし、1980年代末から日韓協力で続いたサハリン残留韓国人の帰還問題や韓国人被爆者への人道的支援なのか、盧政権による追加支援を指すのか、慰安婦問題解決のための日韓合意も含むのか、具体的な説明は一切ない。今後取り組むかの言及もない。「実質的に」という表現に、法的責任は別問題という認識がにじんでいた。

 文大統領は05年の追加支援には、司法担当の首席秘書官として法案の制定過程から関与してきた。最高裁判決はこの追加支援について「道義的措置にすぎない」(広報官室報道資料)と判断した。判決によって勝訴した原告の賠償額(1人1億ウォン、約890万円)と支援法に基づく死傷者への慰労金(1人最高2000万ウォン、約177万円)との間に処遇の違いが生まれたが、文大統領は三権分立を理由に発言を控えてきた。

 6月に日本政府に提案したという日韓の企業が拠出する財団方式の和解案も、新たな日韓協力による道義的措置が徴用工問題の法的解決にどう結びつくのか、はっきりしない。韓国政府の政治外交的立場が定まらないまま「対話の入り口に」という流れで提案されたため、混沌(こんとん)としている状況だ。

 ◇最高裁判決は05年政府見解の「延長線」

 実は光復節演説の3日前、韓国外務省は国内メディアを対象に05年の政府見解と昨年の最高裁判決が矛盾するというのは「誤解」であり、「判決は05年見解の延長線上にある」と説明した。朝鮮日報などが、従来の政府見解を覆した判決ではないかと指摘する検証記事を報道したことを受けた対応だった。

 アジア経済新聞によると、当局者は05年の政府見解は「請求権協定に政治的補償が含まれるということであって、反人道的不法行為に伴う賠償請求は可能だと明示している」と強調。誤解の素地が生まれたのは、①慰安婦②サハリン残留韓国人③韓国人被爆者については請求権協定に含まれないと言及したが、徴用工については触れなかったためだと説明した。

 私は05年当時、ソウル特派員としてこの問題を取材した。私も記者会見を聞いて、韓国の支援法によって徴用工問題全体が政治的に解決されると理解していた。私の報道が、韓国政府から誤報だと指摘されることもなかった。

 私は今回、当時の報道資料を読み直してみた。サハリン残留韓国人問題と原爆被害者は、交渉過程で議題にならなかった経緯から「協定の対象外」とされた。国家権力が関与した反人道的不法行為については「日本政府に法的責任が残っている」として、慰安婦問題と海南島虐殺事件を例示した。中国・海南島で日本軍占領下に起きた住民虐殺事件だが、真相調査の必要性を指摘しただけだった。従って、会見前後の補足説明で韓国政府当局者はたびたび、外交問題として残る課題は「慰安婦、サハリン、被爆者の3点セット」と強調していた。

 ◇徴用工問題の対日要求は資料協力

 実際の韓国政府の法的整理はどうだったのか。07年10月に発表された国務総理室の韓日修交会談文書公開等対策企画団活動白書に官民共同委員会や次官会議の報告がある。

 05年08月26日の官民共同委員会の報告によると、徴用工問題は①民事的債権債務問題②強制動員の被害補償③国家権力による不法行為の損害賠償請求権――の3分野に分けて議論し、①②については日本に法的補償を要求するのは難しいと判断する一方、③は人権問題であり、「韓国政府に法的責任はない。被害者救済のための外交保護権も行使できる」と記されている。

 ただし、その法的整理を踏まえた政策決定段階の説明では、その課題は消える。日本政府に対する要求項目は、追加支援法施行時に必要な供託金名簿や死傷者の記録などの資料提供を求めることに絞られていた。

 その理由について白書には言及がない。当時の政策過程をよく知る韓国外務省元高官は「支援法は韓国内の措置なので協力してほしいと日本に求めていた。徴用工問題を慰安婦問題のように扱うことは、新たな外交摩擦の火種になるので先送りした」と話す。

 実際、強制動員被害者への追加支援を決めた直後の05年10月、訪日した潘基文(バン・キムン)外相は町村信孝外相に朝鮮半島出身者の厚生年金名簿など関連資料の引き渡しを求めたが、町村氏は個人情報保護など「法的な制約がある」と消極的態度を見せた。05年は盧大統領が竹島問題を「外交戦争」と位置づけて対日強硬姿勢を見せ始めた時期だったこともあり、日本政府は支援法が外交問題化しないよう警戒心を強めていた。

 ◇05年を踏まえた政治外交的解決とは

 盧政権は、強制動員犠牲者救済では、韓国政府による追加支援を通じた未払い賃金や死傷者への補償を優先する一方、生存者に対する慰労金支給は大統領拒否権を発動して阻止した。生存者の名誉回復より、失った命の重みを重視したと言える。

 何を優先するかはその国の政策判断であり、選択だ。ただ一つ言えるのは、今起きている徴用工訴訟は、当時の支援法では救済されなかった生存者の名誉回復、人権問題が訴訟という形で巡り巡って来た側面がある。そのツケは日本企業だけが負って解決するものではない。

 05年の政府見解と追加支援について今、文大統領がどう思っているのか。追加支援の被害認定作業を担った韓国人研究者の友人らと何度も議論したが、結論はいつも「よく分からない」だった。

 最高裁判決が05年の延長線上にあるなら、韓国が提案する日韓企業の財団による和解案は、あのとき救われなかった被害者を癒やすプロセスになるのだろうか。

 政府として最高裁判決をどう政策につなげ、「被害者中心主義」の中心をどこに置くのか。盧大統領が拒否権を発動して救済する被害者の範囲を狭めた時、傍らで見ていた文大統領だからこそ語れる言葉を、韓国人の友人と一緒に聞ける日を待っている。

最終更新:9/8(日) 10:00
毎日新聞

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