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8年連続東大ベスト10 “麻布の共学版”渋谷教育学園幕張はなぜ躍進した

9/8(日) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

【名門校のトリビア】渋谷教育学園幕張

「近年もっとも成功した進学校」(大手学習塾幹部)と評される中高一貫の渋谷教育学園幕張(通称「渋幕」、千葉市)。2012年に東大合格者数のベスト10に名を列ねてから8年連続でランクイン。私立の男女共学校としては初の快挙だ。

「16年に東大合格者数は前年から20人増やし76人(第5位)、17年も78人(第5位)だった。ところが、昨年は48人(第9位)と一気に30人も減らしてしまったんです。さすがに勢いに陰りが出てきたかと思ったら、今年は72人(第6位)とすぐに復調。その実力は本物であり、快進撃は当分、続きそうです」(学習塾幹部)

 渋幕の開校は高校が1983年、中学はその3年後。わずか30数年でトップクラスの名門校に肩を並べたことになる。その立役者は同校を設立した田村哲夫理事長兼校長。83歳になった今も最前線で牽引する。「良くも悪くも、急成長の最大要因は田村さんの徹底したワンマン経営」と渋幕の関係者は証言する。

 田村が教育産業に関わりだしたのは1962年。4年間勤めた住友銀行(現三井住友銀行)を退職し、父が経営する学校法人渋谷教育学園に入職した。70年に父が亡くなると、学校法人の理事長と、当時運営していた渋谷女子高校の校長に就任。以来ずっと、経営と教育両面のトップを担ってきた。最終学歴は東大法卒だが、もっとも影響を与えたのは中学高校時代をすごした名門男子校の麻布学園での6年間。

「渋幕開校に向けて田村さんのモチベーションとなったのが麻布の男女共学版を実現したいという気持ちだった。同校のようなリベラルな校風の学校をつくり、いずれは追い越すと公言し、周囲を鼓舞していた」(渋幕関係者)

 麻布の創立は明治時代の1895年。そして、1954年以降は東大入試のなかった69年を除き、今年度まで65期連続で東大合格者数トップ10入りを果たしている。伝統と実績がまるで違うこの巨象に、新設校の渋幕が挑もうというのである。

「2017年に一瞬ですが、麻布は渋幕に追いつかれたんです。東大合格者の総数は1人だけ及ばなかったものの、現役合格者数は麻布の46人に対し、渋幕は61人と大幅に上回った。この年は麻布がやや不調だったこともありますが、こちらを脅かす存在になったという事実は認めざるをえない」と麻布OBは悔しそうな顔を見せる。

■躍進の原動力は

 躍進の原動力は何か。前出の学習塾幹部は「学校の授業内容もさることながら、いかに地頭がいい生徒を集められるかにかかっている。そのあたり、渋幕は賢く立ち回ってきた」と話す。千葉に進出する時点では、県内ではまったくの無名。生徒集めは困難が予想された。だが、ふたを開けてみれば、結果はまったくの逆だった。初年度350人の募集に対し、約4000人の受験者が集まったのだ。

「当時、千葉県は県立の千葉高校を頂点とするヒエラルキーが出来上がっていて、上位校を公立が占めていた。私立は公立に入れない生徒が行くようなところだった。しかし、ちょうど時代の変わり目だったのが渋幕に幸いしました。都内に通勤するいわゆる千葉都民が急増。従来の公立では飽き足りないと考える家庭が増えたんです。一流大学に合格したいという要望に応えてくれそうな雰囲気が渋幕にはあった。田村さんの麻布の共学版という発想が受験者とその家族の間で受け入れられたのでしょう」(渋幕関係者)

■教育理念は「自調自考」

 田村が渋幕で生徒たちに提唱するのは「自調自考」。自分で調べ、自分で考えるという意味だ。まさに、麻布の生徒の自主性を重んじる校風がそのまま取り入れられているように映る。校則がほとんどないというのも同じだ。が、渋幕の卒業生の一人は「そのスローガンとは裏腹に、現場では詰め込み式の授業が行われている」と話す。

「高3の夏期講習をはじめ、大学入試に向けた勉強をみっちり叩き込まれました。今になって振り返ると、渋幕のどのカリキュラムも、東大や医学部の合格者数をいかに増やすかに最大の目的が置かれていた気がします」

 学校を率いる田村の考えをよく知る渋幕関係者は「建前と本音をうまく使い分ける」と評する。田村は2000年代、文部科学省の中央教育審議会(中教審)の委員を3期6年にわたって務めた。そこで、ゆとり教育の旗振り役を担ったが、「完全にダブルスタンダード」(文科省総合教育政策局関係者)だった。

「かねてから田村氏は学校週5日制を提言するなど、ゆとり教育の推進者でした。当然、中教審でもそうした主張に立っていた。ところが、渋幕では土曜日も授業をして週6日制を続けた。こうしたことに対し、外野からは『自身の学校への利益誘導』との批判も起こったのですが、田村氏はどこ吹く風といった態度でした」

■俳優の田中圭、日テレの水ト麻美アナが卒業生

 銀行出身らしく、教育者よりも経営者としての顔をしばしばのぞかせる田村。その一方で、渋幕はユニークな人材を数多く輩出してきた。8月末まで日本マイクロソフト社長を務めた平野拓也もそのひとり。国内のクラウドベンダー4位だった同社を4年間で2位に押し上げた。この9月からは米本社の新設部門の副社長に抜擢された。

 ドラマやバラエティで大ブレーク中の俳優・田中圭、女子アナ人気ランキング(オリコン調べ)で5年連続1位を獲得して殿堂入りした水ト麻美(日本テレビ)も渋幕出身だ。

 変わり種としては落語家の立川志の春。渋幕卒業後、米国の名門・イェール大に進み、三井物産に入社。エリート街道を歩み始めていたが、立川志の輔の落語を聞いて衝撃を受け、同門下に入った。

 これからも渋幕OB・OGが活躍する場面はさらに増えていくだろうが、問題は今後の学校経営。田村が高齢ということに加え、渋幕の副校長が長男、姉妹校の渋谷教育学園渋谷(通称「渋渋」)の副校長が長女と、運営の大半を一族で固めているのも懸念材料だ。少子化が進む中、新しい血を拒絶する硬直した組織で乗り切れるのだろうか。(敬称略)

(田中幾太郎/ジャーナリスト)

最終更新:9/8(日) 9:26
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