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【ヤクルト】高津という男…ノムさん指令でシンカー習得し開花 衰えない闘争心

9/9(月) 5:03配信

スポーツ報知

 ヤクルトが、来季1軍監督として、高津臣吾2軍監督(50)の昇格を最有力としていることが8日、分かった。クライマックスシリーズ進出の可能性が消滅して一夜明けたこの日、小川淳司監督(62)が成績不振の責任を取って今季限りで辞任する意向を表明。球団が退任を了承すれば、全日程終了を待って就任要請を行う見通しだ。

【写真】高津の年度別投手成績

 高津氏は高校、大学ではエースになれず、即戦力として期待されたプロ生活の始まりも成績は目立ったものではなかった。3年目の93年に野村監督の指令でシンカーを習得。自己流にアレンジし、球界でも多くはない右サイドのクローザーへの道が開けた。

 初セーブは93年5月2日の巨人戦。今でも思い出されるのは松井秀喜さんにプロ初本塁打を献上した場面だ。自身の節目の日にもかかわらず、話題は怪物ルーキーばかり。野球人生は、常に主役、というわけではなかった。96年の球宴では投手・イチローに対し、野村監督が松井の代打で起用。波紋を呼んだ。

 故障に悩まされたが、日米韓台でプレーし、セーブを挙げてきた。ヤクルトを2度目の退団後は40歳シーズンでメジャーに再挑戦した。監督兼投手を務めたBC新潟時代の年俸は200万円。2億7000万円を稼いだWソックス時代(05年)の135分の1という厳しい条件でも、プロの技術の伝道師として若手に投げる姿勢を見せるためプレーを選んだ。闘争心は衰えない。今では2軍で手塩にかけた若手が1軍で活躍するのが心からの喜びだ。

最終更新:9/10(火) 18:05
スポーツ報知

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