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「憧れ」から、「見られる側」へ。広島を出て東京でアイドルになった少女<山本愛梨>

9/9(月) 17:00配信

テレ朝POST

テレビ番組『ラストアイドル』から生まれたグループ「Love Cocchi」のメンバー・山本愛梨(やまもと・あいり)。

地元の広島県でローカルアイドル「キューティーパイ」のメンバーとして活動していた彼女は、パフォーマンスでモーニング娘。などの曲をカバーしたことで、アイドルの魅力に気づき、やがて自身がアイドルになることに憧れるようになる。

その後、さらにスキルを高めるべく、モーニング娘。の鞘師里保など数多くのアイドルを輩出したアクターズスクール広島に所属。そこで「ラストアイドル」挑戦の話が舞い込み、アイドルとしての高みを目指すべく、意を決して一歩を踏み出したのだった。

広島を飛び出し、東京でアイドルとして活動する彼女。

なぜ彼女は思い切った決断を下すに至ったのか。

アイドルとともに育った山本の半生を振り返る。

「本を読んでるフリをしていた」幼少期

2002年11月、広島県で生まれた山本愛梨。

幼少期は引っ込み思案で、学校でも1人でいることが多かった。

「教室で本を開いて眺めたりもするんですけど、実際はほとんど読んでなかった(笑)。読んでるフリだったので、読書家っていうわけでもないんです」

なにかに熱心に取り組むこともなかったが、小学2年生になった頃、夢中になれることが見つかった。

それは、テレビのなかで輝く女性たちの存在だった。

「何気なくテレビで歌番組を見ていたら、すっごくキラキラした人たちがいたんですよ。AKB48さんが歌って踊る姿が、輝いて見えて。これだ!私もこんなふうになりたい!って思ったんです。それからは、家にいる間はずっと『ポニーテールとシュシュ』『Everyday、カチューシャ』など、いろんな曲を歌って踊ってましたね」

それを見た母が、ダンススクールを探してくれることに。

一番の望みは、数多くの有名アイドルを輩出したアクターズスクール広島に通うことだったのだが…。

「広島県の郊外に住んでいたので、遠くて通えなかったんです。でも、乃木坂46の和田まあやさんや、わーすたの松田美里さんが通っていたスクールを見つけてくれたので、小学4年生から通い始めました。最初はジャズダンスから始めて、ヒップホップ、ハウス…といろんなクラスを受けるようになって。歌やお芝居のクラスも習うようになっていきました」

そのスクールには「アイドルクラス」もあり、そこで出会った友人とともに、山本はローカルアイドルグループを結成することになる。

「中学1年のとき、アイドルクラスに入ったら『キューティーパイ』という3人ユニットを組むことになったんです。地元のショッピングセンターなどのステージに立って、いろんなアイドルさんの曲をカバーしながら活動していました」

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最終更新:9/9(月) 20:55
テレ朝POST

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