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さすが役者、さすがショーケン!見事にダマされたことも 萩原健一さん ミッキー吉野 Half Century交遊録~天国の恩人たち~

9/10(火) 16:56配信

夕刊フジ

 ショーケン(萩原健一)とはアンドレ・マルロー・バンドとかで1985年から2003年まで一緒にやっていた。

 ザ・テンプターズのころから知っていたけど、ライブはガッチリとプロデュースするタイプ。ステージは舞台っぽくて、歌うというより、演じている感じでした。だから1回、「ポップな僕より、もっとコアなミュージシャンを使ったほうがいいんじゃない?」と言ったこともある。

 子供みたいなところもありました。シアターコクーンでのロングランを終えて、「何で俺のギャラが一番安いんだ?」と首をかしげていた。

 そりゃあ、バックにちゃんと払わなくてはいけないから、メーンが安くなるときもあるでしょう。NHKに出たときも「俺だけなんで安いんだ?」って。当時のNHKは貢献度でギャラが決まっていたから、ショーケンが一番貢献度が少なかっただけなんですけどね。

 そういえば、ダマされたこともあった。「みんな聞いてくれ。(井上)堯之さんの具合が悪いんだ」と、今にもギターの堯之さんが倒れてしまいそうなことを言う。本当に具合が悪そうで、みんな心配して、それはもう堯之さんに気をつかって。

 日にちが進むに連れて、これが最後かもしれないって、涙ぐんでプレーするヤツまで出てきた。あのころは本当にみんながひとつになって、堯之さんを支えて頑張っていた。

 だけど、2年たっても堯之さんは死なずに元気になっていった。実は重病というのはウソで、ポリープか何かだった。「みんなを奮起させるためにウソをついていた」っていうのが真実。さすが、役者でしたねえ(そのときの堯之さんの反応については明日書きます)。

 僕が年下だけど、よく相談されたし、アートが大好きで、電話で長い時間、芸術について話したこともある。僕のアルバム「LONGWAY FROM HOME」のジャケットの絵はショーケンによるものです。

 ステージ上でアドリブのせりふを加えたり、前衛芸術家のようにも見えることも…。会場にいる観客をひとつにして仕切ることでは一番うまかったですね。

 女性にはもちろんモテたけど、観客の70%近くが男性だったのもそのあたりでしょう。他にはいない希有なアーティストでした。

 ■ミッキー吉野(みっきー・よしの) 1951年生まれ、横浜市出身。68年、ザ・ゴールデン・カップスに加入し『長い髪の少女』がヒット。71年に米バークリー音楽大学に留学し、74年に帰国。76年にゴダイゴ結成。2005年「スウィングガールズ」で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。29日に夕刊フジ・ロックフェスティバルVol.2「ミッキー吉野 Half Century」を恵比寿ザ・ガーデンホールで開催。10月にリリースする初のオールタイムベストCD「A Half Century Of MY Music Variety」(G-matics)を同会場で独占先行発売する。

最終更新:9/10(火) 16:56
夕刊フジ

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