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“放火王”シャドウWX がん克服し新団体「MLW」旗揚げ

9/10(火) 18:31配信

東スポWeb

“平成の放火王”の異名を取り、大日本プロレスなどで活躍した伝説のデスマッチファイター・シャドウWX(50=本名・志賀悟)が10日、甲状腺がんなど複数の大病を克服したことを告白。約6年ぶりに奇跡の復活を果たし、新団体「MLW(メジャー・リーガーズ・レスリング)」を旗揚げすることを発表した。

 WXは1995年にIWAジャパンで25歳にしてデビュー。99年から大日本を主戦場とした。極悪大王こと故ミスター・ポーゴさん(享年66)をボスと仰ぎ、大日本のデスマッチ創世期を支えた。

 場所・時間・相手を問わずファイヤー噴射で周囲を恐怖のどん底に叩き落とした凶悪男で、BJW認定デスマッチヘビー級王者となった2002年2月28日の後楽園ホール大会のすさまじい放火行為により、以後は同会場が「火炎禁止」となった伝説を持つ。

 しかし、13年10月1日の大日本新木場大会を最後に負傷のため欠場。当初は右ヒザ後十字靱帯損傷によるものとされていたが、急激なめまいに悩まされていることを整形外科の医師に告げると「ヒザよりも総合病院の内科で至急診断を受けてください」と告げられた。忠告通りに有名大学付属の総合病院で診断を受けると、信じられない結果が待っていた。

「脳梗塞、バセドー病、心房細胞のけいれん、そして甲状腺がんを患っているとのことでした。信じられなかった。後で分かったのですが、自分はがんを患ったまま3~4年間試合をしていたんです…」

 そのため、14年1月には全甲状腺摘出の手術を受けた。さらには心臓のカテーテル手術、バセドー病の手術と同年だけで実に4回の手術と入院を強いられた。大日本は同年いっぱいで退社。そもそもプロレスどころではなかった。ひたすら生きることだけに必死になっていた。

 その結果、がんは奇跡的に克服。年2回の検診を続けているが「最悪の時期は過ぎたという実感がある。体を動かせるようになったし、雨の日も雪の日も小1時間のウオーキングを欠かさず続けています」というほどに回復した。バセドー病や脳梗塞の後遺症もみられないという。

 闘病生活の間、何百回と電話をくれたのが、グレート小鹿大日本プロレス会長(77)だ。「小鹿さんは病院を紹介してくれたり、励ましてくれたりと、僕を気遣ってくれた。でも生きるのに必死で、電話に出るだけの余裕がなかった。本当に申し訳ありませんでした。この場をお借りして、小鹿さんには深くおわび申し上げます」とWXは神妙な表情で語った。

 リング上では極悪の限りを尽くす放火王も、いったんペイントを落とせばマット界でも希有な温厚な性格かつ常識人として知られる。ゆっくりと回復に向かう間、ようやくプロレスに向かい合う余裕ができると、その人柄を見込んだスポンサー(株式会社レジット)もついて新団体設立に至り、旗揚げ2連戦(12月13日の新木場、同15日の大阪・鶴見緑地ハナミズキホール)が決まった。

「6年ぶりにたった一人で復帰する。MLWのMはマイナーでもよかったんですが、あえてメジャーという言葉を使って前向きにしました。復帰戦はシングル戦のデスマッチにします。病気を克服して体を大きく戻した今の自分(180センチ、125キロ)よりデカい相手と戦いたい。狙っている相手もいます」

 年間4~5回の大会開催を目標に掲げ、ポーゴさん亡き後、使い手のいなくなったビッグファイヤー噴射を継承するという。「平成元年に大仁田(厚)さんがFMWを旗揚げされて、令和元年に自分が復帰する。何か不思議な気持ちです。でも試合になったら、人格は変わりますから(笑い)」とWX。がんを撃退した伝説のデスマッチファイターは“令和の放火王”に変身を遂げる。

最終更新:9/10(火) 19:10
東スポWeb

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