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吉沢亮演じる渋沢栄一は「お札の決定が後押し」 幕末から昭和まで駆け抜けた91年の生涯とは

9/10(火) 5:00配信

オリコン

 2021年に放送されるNHK大河ドラマ『青天を衝(つ)け』。きのう9日、に主人公・渋沢栄一を吉沢亮が演じることが発表になった。制作統括の菓子浩氏は「正直に言って、お札の決定が後押しになったのはあります」と語るように、新一万円札の顔としても注目される渋沢栄一。吉沢は「ここがすごい印象的というエピソードがたくさんあって、本当にいろんなことをされている方」と話すが、渋沢はどのような人物だったのか。

【写真】ビシッと指差し!青天を衝く吉沢亮

 1840(天保11)年、武蔵国榛沢郡血洗島村(現・埼玉県深谷市)の農業や養蚕、藍玉の製造を手掛ける豪農の家に生まれた渋沢は、6歳から『蒙求』や『論語』などを習い始め、12歳からは従兄・渋沢新三郎のもとで神道無念流を学び、学術と剣術を両立させていく。そして、尊皇攘夷の志士として活動し、一橋家の家来となり、幕臣としてフランスに渡り、明治維新後は新政府への仕官を経て、実業家に転身。第一国立銀行、王子製紙、東京海上火災保険、帝国ホテル、東京証券取引所など500以上の会社設立に携わったとされる。

 「利益というものの前にまず、道徳。彼が大切にしている道徳的な部分の人生観が素晴らしい」と、渋沢について学んだ吉沢は話す。『龍馬伝』(10年)で香川照之が演じた三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎は、1878年のある日、渋沢に強者連合を持ちかける。日本の実業界を2人で担っていくことを提案されるが、その先にあるのは2人による富の独占。渋沢には、自分ひとりでお金を稼ぐ気などなく、利益を分散させることで国全体を豊かにする発想があった。2人の主張は対立し、最後には「独占事業は欲に目のくらんだ利己主義だ」と渋沢が腹を立て、その席を離れたという話も残る。

 そんな渋沢だが、最初の妻・千代が43歳のときに亡くなると、次の年に伊藤兼子と再婚し、4男3女をもうける。さらに、この時代では通例だった妾(めかけ)もおり、子どもの数は20人とも30人とも言われ、80歳を超えてから子どもをもうけたというエピソードもある。

 同作でオリジナルエピソードの脚本を担当する大森美香氏は渋沢について「家族を大事に、人間を愛している」と人物像を語る。続けて「人間同士のおかしみや、頑張っていこうぜという勢いを前半で描きたい。埼玉の深谷にも行ってきたんですが、ここで過ごした青春を描くのが楽しみです」と話す。吉沢も「人に愛されるキャラとして作っていきたい」と語り、大森氏が独自の視点で描いた渋沢を吉沢がどう表現するかにも注目していきたい。

 タイトルの由来は、若き栄一が藍玉を売るために信州に旅したとき、険しい内山峡で読んだ漢詩の一節『勢衝青天攘臂躋 気穿白雲唾手征』(青空をつきさす勢いで肘をまくって登り、白雲をつきぬける気力で手に唾して進む)からとられた。渋沢は「日本資本主義の父」と称され、晩年は民間外交にも力を注ぎ、ノーベル平和賞の候補にも2度選ばれている。幕末から明治へ、時代の大渦に翻ろうされ、挫折をしては、高い志を持って未来を切り開く、「起きあがりこぼし」のような人生を、「青春」というキーワードでみずみずしく描いていく。2020年夏クランクイン予定。

最終更新:9/11(水) 14:25
オリコン

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