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【バレー】日本代表のリベロ・山本智大「今年は結果を残して、来年のオリンピックイヤーにつなげたい」

9/10(火) 18:36配信

バレーボールマガジン

 今年、自身初の日本代表入りを果たした山本智大選手(堺ブレイザーズ/リベロ)。これまでアンダーカテゴリーでの代表は経験しているが、遂に夢だったシニア代表に選出された。ネーションズリーグや親善試合などを経験し、13日から始まるアジア選手権大会(イラン・テヘランで開催)のメンバーにも名を連ねている山本選手に意気込みを聞いた。

――以前、弊誌で堺の小池勇輝選手と対談していただいた時、リーグで結果を出して日本代表入りを目指したいとおっしゃっていましたが、遂に実現しましたね。

山本:はい、決まったことを聞いた時は驚いたのですが、今年の結果が来年のオリンピックイヤーに絶対つながっていくと思うので、まず結果を残してスタメンに定着したいです。「日本のリベロは山本じゃなきゃダメだ」と言われるくらいの存在になれたらと思います。

――強気でやっていきたい?

山本:そうですね。強気でいかないとダメだと思います。

――リベロとしてはディグが得意だとおっしゃっていましたが、サーブレシーブの方はどうですか?

山本:世界のサーブはやっぱり強いし、速い。練習でやってる120kmくらいのサーブマシーンのサーブを確実にとれるようにしていきたいです。気持ちだけは負けないようにアグレッシブにやっていきたいですね。

――中学生時代はお父様がバレー部の監督だったそうですが、今回の代表入りが決まって報告した時の反応は?

山本:とても喜んでいました。「怪我をしないように、来年はオリンピックがあるから結果を残せるように頑張ってこい」と言われました。

――高校(とわの森三愛高/北海道)の監督も喜んでいたのでは?

山本:はい、めちゃめちゃ喜んでいました(笑) 母校から初のシニア代表選手なので。

――ところで、4年前のワールドカップの時は大学生(日体大)でしたよね?

山本:はい、テレビで見ていました。その時は「いいなあ、この舞台に立ちたいなあ」とぼんやり思っていたのですが、こうやって実際に選ばれてみると、「ここまできたらワールドカップに残れるように絶対にやってやる」という自覚が出てきました。オリンピックを目指し始めたのは2年前のユニバーシアードで3位になった時からです。銅メダルでしたが、準決勝で負けて悔しくて、もっと上を目指すならシニアでオリンピックに出るしかないと。

――高校の後輩でもある堺の小池選手も、対談の時に山本選手のことを負けず嫌いだと言ってましたよね。小池選手は代表入りが決まった時に何か声をかけてくれましたか?

山本:普通に、「頑張ってね」と(笑) あまりよくしゃべるタイプではないのでそのくらいでしたが、応援してくれていると思います。

――今年の目標は?

山本:先ほども言いましたが、14人に残り、スタメンに定着して、まずはしっかり結果を残すことを意識してやっていきたいと思います。

【プロフィール】
山本智大(やまもと ともひろ)
1994年11月5日、北海道江別市生まれ。小1の時、小学生バレーの強豪・「江別中央ガッツ」でバレーボールを始める。その後、恵庭中→とわの森三愛高→日体大と進み、2016年、FC東京に入団。2018年6月、堺ブレイザーズに移籍する。2019年、自身初の日本代表入りを果たす。171cm/69kg。ポジションはリベロ。

最終更新:9/10(火) 18:36
バレーボールマガジン

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