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専業主夫への差別・批判、そして孤独。母親たちは何ができるか

9/10(火) 10:50配信

ハフポスト日本版

夫が娘を連れて、地元のダンススタジオに行った時のこと。

娘は初めてのレッスンに胸を踊らせていた。でも、そこで夫を待ち受けていたのは、親同士のフレンドリーな会話ではなく、「孤独」と「無力」の感情だった。

父親であるにも関わらず、彼は子どもたちの更衣室には入れず、まだ親の助けが必要な娘がトイレに行く際には、「男性だから」という理由で同行することができなかった。その結果、ダンス教室は日時を再調整する羽目になった。

私は働いており、5人の子どもの母親であり、そして素晴らしい専業主夫の妻だ。夫は2011年1月に専業主夫になり、それに伴い機械工の仕事を離職した。私が3人目の出産を終えて職場復帰したあとだ。

近年、育児において女性が担う役割は、家の中でも外でも著しく変わりつつある。女性にとっての「成功」の定義も、家庭から職場での業績まで、個人にとっての目標が何であれ、見直され始めている。母親たちが勇ましい社会で前進し生き抜く為に、多くの支援や考慮がある。しかし、父親たちの役割は同じように理解されず、称賛もされない。

現状を正直に言ってしまえば、私たちの住むこの社会は「進歩的で寛容で、従来の性に基づく役割を乗り越え、もしくは無視する事ができとしているが、それは全くの嘘である。

主夫の孤独。性差別と批判

私たちは、専業主夫はすでに受け入れられており、それぞれに父親同士で「パパ友」の関係を築いているとさえ思っている。しかし、それは軽率な考え方ではないだろうか。実際の彼らは厳しい状況に直面しており、父母が平等に育児をできる社会が実現したと喜ぶことはまだできない。特に母親たちはこの先入観に疑問を抱くべきだろう。

私の夫の生活は実際、友情とも「パパ友」捜しとも無縁だ。仲の良いパパ友がいたり、ヨガを楽しむママたちのお茶会に混じって一緒にお喋りをすることもない。むしろ、彼の生活は孤立し、誤解もされている。主婦の生活も孤独なものだが、男性がその役を担うに当たって、彼らが経験する孤独は何倍もに膨れ、性差別や批判に溢れている。

社会は未だに男性は本質的に女性より危険で、不適切な振る舞いをすると考える傾向にある。子供に対しての行動に関しては特に、だ。夫はこの理由で、子供の友達が家に来て遊んだ後、彼らを家まで送るのを避けている。学校でのボランティア活動も、7年もしているにも関わらず、未だに奇異の目で見られるのもそのせいだ。これが女性ならば「デキるママ」と称賛されるだろうに。これは全くもってフェアではない。

「パパ友」のグループが出来ることも極めて稀だ。子どもたちのアクティビティはたいていの場合、「子どもとママ」向けに組まれているし、Facebookでのグループも「〇〇地域のママ」になっていることが殆ど。「両親」ではなく「ママ」のグループなのだ。夫はこのような集まりに参加する度に、その日限りの代理親のように、仲間外れされたように感ている。母親たちは彼に話しかけようとはせず、寧ろ避けるようにしているのだ。

家に他の子を招こうとした時も、その日、子供達を見るのが夫だけだと分かると、親たちは子どもたちを行かせたがらない。ひどい疑念だ。

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最終更新:9/10(火) 12:16
ハフポスト日本版

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