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パストール・マルドナド、2014年にフェラーリ加入の可能性もあったと明かす

9/11(水) 12:08配信

motorsport.com 日本版

 2015年限りでF1から離れたパストール・マルドナド。彼は2011年から2013年までウイリアムズから参戦し、2014年からはロータスでF1を戦っていた。

【写真】2012年スペインGPを圧勝。アロンソとライコネンに祝福されるマルドナド

 しかしマルドナドが語ったところによると、彼は2014年にフェラーリ加入へ近づいていたという。ただそれは実現せず、フェラーリはキミ・ライコネンとの契約を選んでいる。

「僕はオンリーワンだった。F1での“新しい”ドライバーだったんだ」

 マルドナドはPodcastの番組、F1: Beyond The Gridのインタビューにそう語った。

「それこそ今で言う(マックス)フェルスタッペンや、ロバート・クビサのような男だった。色んな人が喜んで僕のところに来て話や議論をしていったんだ」

「障壁になったのは、スポンサー(ベネズエラの石油会社PDVSA)との関係だった。複数のスポンサーと利害の対立があり、僕らはそれについて交渉していた。僕のスポンサーは、競合他社と一緒になりたくないということについては明確にしていた。ただ、僕のキャリアの解決策を見つけることにについてはオープンだったんだ」

「ある時、僕らはフェラーリとかなり接近していた。当時は移籍を期待していたよ」

「その時は”僕の時間”のようなモノだった。2度目のチャンスが訪れた瞬間だったんだ。毎日自分の力を示さなければいけないという戦いではなかったんだ」

 そう語るマルドナド。ただフェラーリは2014年にステファノ・ドメニカリがチーム代表を辞任し、ルカ・ディ・モンテゼモロも会長の座を降りたことで、加入の可能性は無くなってしまったと主張する。


「接点とコミュニケーションを失って、他のチームとの交渉に集中することになった」

「僕はマラネロに行ったことはないけど、トラックで何度かミーティングをしていたんだ。ドメニカリ、それからディ・モンテゼモロにも何度か会ったよ」

 マルドナドはウイリアムズと家族のように近しい関係だったものの、2013年シーズンの結果はチームとの関係を継続するには厳しすぎるものだった。

「ウイリアムズの歴史の中でも最高のマシンが手に入ると期待していた」

「でも僕らは最悪のマシンを手にしていたんだ」

 マルドナドは2014年にロータスへ移籍したが、それもタイミングは悪かったと言える。この年、V6ターボエンジンから、パワーユニットへと劇的な変更があったためだ。

 ロータスのPUサプライヤーを務めたルノーは信頼性とパフォーマンスに苦しんだ一方、ウイリアムズはメルセデスPUの力もあり、後方から表彰台獲得などの好結果を残している。

 彼は自身のF1キャリアを振り返って“幸せな男”だと述べている。また「チャンスがあったからだけではなく、自分のキャリアで得たすべての結果に満足している」と加えた。

 しかしフェラーリ加入が現実のものとなっていたら、「より結果を残せた」とも彼は語っている。

「F1でドライバーを見ると、『なんてこった、僕はあれより上手くできるぞ』と今でも思う。だけど多分、もう僕の“時間”ではなかったんだ」

Scott Mitchell

最終更新:9/11(水) 12:08
motorsport.com 日本版

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