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ジャイアンツカップ優勝投手・島野愛友利が初めての女子硬式野球をどう感じたのか

9/11(水) 10:31配信

高校野球ドットコム

 昨年の中学野球界で鮮烈な印象を残した投手がいる。大淀ボーイズのエースとしてジャイアンツカップ優勝に導いた島野愛友利だ。男子選手との競争の中でエースの座を勝ち取り、胴上げ投手になったことで世間から大きな注目を集めた。

【写真】ラインカーを使って線を引く島野選手

 高校生になった島野は神戸弘陵学園高校女子硬式野球部の門を叩いた。初めて女子だけのチームでプレーすることになった島野はどのようなスタートを切ったのだろうか。

中学3年生の頃に最速123キロ

 2人の兄が野球をしていた影響で小学2年生から2人を追うように野球を始めた島野。投手を本格的に始めたのは小学4年生の時だという。中学では「レベルの高いところでやると自分の技術もアップすると思った」と兄も所属していた大淀ボーイズに入団した。

 当時の指導者からは「全身を使って投げろ」と言われることが多かったという。自主練習ではシャドーピッチングを行って全身を使って投げるフォームを体に染み込ませてきた。その甲斐もあって入団時は98キロだった球速が3年生の頃には123キロまで伸ばすことができた。女子プロ野球でも120キロを超えれば速球派の部類に入るが、中学生の段階でこれだけの球速を叩き出したのは特筆すべき才能と言えるだろう。

 それでも球速が伸びても簡単にはエースになれないのが強豪ボーイズの定めである。貪欲にレギュラーの座を目指していた島野は「とにかく試合で結果を出すこと。試合が終わってみれば0点に抑えていたとなれるように結果を意識していました」と登板した試合で懸命にアピールを重ねた。持ち味である打たせて取るピッチングを磨いて、3年生の春には初めてエースナンバーを勝ち取った。

 「凄く嬉しい気持ちと期待に応えられるかなという不安がありました」とエースになった時の心境を振り返る島野。不安な気持ちを持ちながらもエースとしてチームを牽引し、ジャイアンツカップではチームの躍進に大きく貢献した。この時の思い出は強く印象に残っているという。

 「ジャイアンツカップは5日間、ビッシリ試合があったのですが、チームとして楽しかったです。勝ち上がっている途中はいけるんじゃないかという自信がありましたが、いざ勝ってみると、実感が湧いていなかったですね」

 そして決勝では最終回に登板。決勝は東京ドームで行われるが、やはり独特の雰囲気を感じていたようだ。

 「その時は広いなとか照明が明るいなとか思っていたんですけど、振り返ってみると、凄い舞台に立たせてもらったんだと思います」

 全国大会の決勝という大舞台にも動じることなく、自分の力を出し切った島野。見事に無失点に抑えて胴上げ投手となったが、その瞬間は当然のこと、今でもその実感はないという。

 「実感は全くなかったですね。未だに実感が湧かないというのが本当なところ。いつまでも信じられないという気持ちです」

 男子との競争に勝ってエースとなり、ジャイアンツカップ優勝という中学硬式野球で最高峰のタイトルを獲得した。それ以来、注目度が高まり、マスコミへの露出度が増えたが、そのことについても「感謝の気持ちが大きいですね」と前向きに捉えていた。

 高校ではどのような進路を選ぶのかに注目が集まったが、「高校からは別々になるという道があったので」と女子野球部のある高校を選択。男子に交じって白球を追うという考えはなかったようだ。そんな中で進学先に決めたのが選抜で連覇を果たすなど急速に力を付けてきている神戸弘陵だ。

 「神戸弘陵を選んだのは練習風景が好みだったのが、一番の理由です。声が出ていて、監督さんも厳しい中で練習している姿がすごく好きでした。吸収することも多くて、充実した練習ができています。慣れない部分もありますけど、楽しいです」

 高校には自宅から通うことも不可能ではなかったが、「確実に寮生活の方が成長できると思っていたので」と寮に入り、新たな生活をスタートさせている。これまでと違って、初めて女子だけの環境にプレーすることになった。本人の中でも男子とプレーしていた中学時代までとは様々な違いを感じているようだ。

 「何が違うというのはわからないですけど、全然違います。それぞれ違う良さはいっぱいあって、どっちも経験できるのは嬉しいです」

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最終更新:9/11(水) 11:33
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