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永田町に鎮座する「山王日枝神社」、なんと表参道は国会議事堂裏から伸びていた

9/11(水) 19:31配信

アーバン ライフ メトロ

「ちょっとした山」の上にある

 赤坂見附と溜池交差点の間、外堀通り沿いに青空に映えるめちゃ巨大な白い鳥居。都心にいきなり巨大鳥居。それも鳥居の上に三角の屋根がついている「山王鳥居」。めちゃ目立ってるので一度見たら忘れません。

【江戸前期の絵図】1670年ごろの山王日枝神社。山王坂の鳥居、坂下の「ちゃ屋」が描かれている

 鳥居をくぐると大きな階段が山の上まで一気につづいてます。

 高層ビルに囲まれててわかりづらいのですが、ちょっとした高低差がある山で、その上に江戸時代から続く「山王日枝神社」(千代田区永田町)が鎮座しているのです。ここまで立派な参道を持つ神社はなかなかありません。何しろエスカレーターまでついてるのですから。初めて見たときは、「さすが大都会」と驚きましたよ。

 この神社、正式には「日枝神社」ですが、昔から「山王日枝神社」と呼ばれていて、鳥居の扁額(へんがく。門戸や室内に掲げる、横に長い額)にもそう書かれています。江戸時代は「山王権現(ごんげん)」と呼ばれたり、「日吉山王社」と書かれたりしていました。

 日枝神社の「日枝」は「比叡山」の「ひえ」。もともとは比叡山の山の神様でした。だから「山王」。山王と日枝は同じ意味。比叡山にある総本山は「日吉大社」。日枝と日吉も同じ。昔は「日吉」と書いて「ひえ」と呼んでました。

人気のパワースポット的存在

 江戸の日枝神社は室町時代に江戸城を築城した太田道灌が、川越にある日枝神社を江戸城鎮護のために勧請したのがはじまり。

 その後、徳川秀忠の時に江戸城拡張に伴って、江戸城の外に遷座し(今の最高裁判所あたり)、大火での全焼をきっかけに1659年、現在地へ遷座しました。

 神田明神が江戸城の鬼門を、山王日枝神社が裏鬼門を護るために置かれた、といわれますが、確かに江戸城本丸の北東約2kmに神田明神が、南西約2kmに山王日枝神社が鎮座してますから、意識してそこに置いたのは確かでしょう。パワースポット的な人気があるのも頷けます。

国会議事堂の裏に残っていた、江戸時代の表参道

 そんな山王日枝神社へ参拝しよう、って話ですが、外堀通り沿いにあるモダンな山王鳥居は使いません。

 「外堀通り」は文字通り江戸城の「外堀」の跡。外堀は江戸を守る重要な防御施設ですから橋などはありません。外堀を超えるには赤坂見附へ回る必要があったのです。赤坂側から直接参拝できるようになったのは明治以降のことなのです。

 せっかく古い神社を訪れるのですから、当時の参道を歩きたいですよね。

 江戸時代はどちらから参拝していたのか。江戸時代の地図に描かれた参道と今の地図を比べて見ると……なんと、国会議事堂の裏から伸びている道ではないですか。

 ちょっとドキドキしますが、行ってみましょう。最寄り駅は……さまざまな地下鉄の駅が複雑に絡み合っててややこしいのですが、一番近いのは東京メトロ丸の内線と千代田線の国会議事堂前駅1番出口。総理官邸前の交差点に出ます。

 政治の中心地で、総理大臣公邸と官邸、内閣府、国会議事堂、衆議院議員会館に囲まれ、常に大勢の警官が警備しているエリア。山王日枝神社へ参拝するのにわざわざ国会議事堂裏から回るなんて酔狂な人はいないので目立つかもしれませんが、大丈夫です。

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最終更新:9/11(水) 20:00
アーバン ライフ メトロ

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