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前代未聞、台風で15力士遅刻 満員電車で場所入り、過去にはパトカー先導も

9/12(木) 17:00配信

産経新聞

 9日早朝に千葉市付近に上陸した台風15号は、首都圏を中心に大きな被害をもたらした。JRなどの交通機関は一時ストップ。その影響を大きく受けたのが、朝から下位力士の取組が行われる大相撲だった。

 大相撲は序ノ口の相撲から始まり、序二段、三段目、幕下、十両、幕内と続いていく。この日は午前8時40分から序ノ口の取組が始まる予定だったが、台風の影響を考慮して30分繰り下げ、同9時10分開始としていた。

 それでも想定以上に交通機関が乱れ、車で向かおうにも大渋滞が発生。両国国技館になかなかたどり着けない。幕下以下の取組進行に携わる若者頭には「間に合わないかもしれない」という連絡がひっきりなしに入ったという。

 最終的に序ノ口4人、序二段10人、三段目1人の計15人が自身の取組に間に合わなかった。千葉県に部屋を構える佐渡ケ嶽部屋、朝日山部屋などの所属力士だった。

 原則、取組に遅刻した力士は不戦敗となる。しかし、日本相撲協会は事情を考慮し、当該取組を後回しにする措置をとった。遅れてきた力士15人は救済され、全員土俵に上がることができた。

 この日の最初の一番に名前があった序ノ口の琴大村(佐渡ケ嶽部屋)も遅れた一人。電車が動き出すまで千葉県松戸市の部屋で待機し、午前8時半ごろに出発した。満員電車に揺られ、約2時間かけて国技館にたどり着いた。

 後回しになった一番で勝利し、「不戦敗になるんだろうと諦めていた。勝ててよかった」とほっとした様子。力士7、8人ほどと一緒に電車に乗ったといい、「みんなぎゅうぎゅう。狭いし熱いし」と苦笑いだった。

 千葉県鎌ケ谷市の朝日山部屋は、序ノ口と序二段の4力士が間に合わなかった。師匠の朝日山親方(元関脇琴錦)によると、力士の親に車を出してもらい、国技館まで送ってもらったという。同部屋の序ノ口、安芸錦は「不戦敗に初めてなったと思った。(相撲を)取らせてくれた協会に感謝したい」と話した。

 朝日山親方は午前10時ごろから審判業務があり、一足早く車で出発して間に合った。「ほっとしている。無事に終われてよかった。(力士を)ホテルに泊まらせても良かったかもしれない」。二子山など一部の部屋は力士をホテルに泊まらせ遅刻を回避していた。もっとも、ここまでの混乱は予想しづらく、難しい判断だったに違いない。

 過去にも自分の取組に間に合わなかった力士は多数いる。不戦敗になったり、後日に振り替えられたり。遅刻の理由や状況によって、さまざまな措置がとられている。

 協会に残っている資料によると、昭和36年名古屋場所では、大雨のために名古屋鉄道の金山-新舞子間の電車が単線運転となり、春日山など5部屋の幕下以下力士を取組から抜いて、翌日に振り替えた。一方、59年初場所では大雪が降り、3人の力士が間に合わず、不戦敗となっている。

 交通渋滞に巻き込まれ、冷や汗をかいた力士も。昭和53年秋場所で当時前頭4枚目だった魁傑(元大関)は車を降り、自転車を借りて疾走したが、土俵入りに遅刻した。56年春場所では当時関脇の琴風(元大関)が遅刻しそうになり、パトカーの先導を受けてなんとか間に合ったという。

 荒天や事故ではなく、勘違いで相撲をとれなかった力士もいる。平成15年秋場所では、序ノ口の取組で対戦する両者がいずれも逆の花道で待機。間違いに気付いた一方の力士が、反対の花道に回ったが間に合わずに不戦敗になった。間違ったまま土俵に上がった力士が不戦勝になった。両者の勘違いが重なって発生した珍事だった。

 ちなみに今場所で遅刻した15人の多くは、後回しになった取組で勝利を重ねた。遅刻者同士の直接対決2番(4人)を除き、11人中9人が白星。きちんと場所入りし、待たされた側の力士にとっては、何とも後味の悪い結果となった。(運動部 浜田慎太郎)

最終更新:9/12(木) 17:00
産経新聞

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