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「バリバリとヒビが入ってズドンと落ちた」 虐待された娘に残った170の傷が語る家族の瓦解(フジテレビアナウンサー 島田彩夏)

9/12(木) 11:33配信

FNN.jpプライムオンライン

夫への大きな信頼と尊敬が・・・

「結愛が暴行されているのを見たのは・・・2回です」

船戸優里被告は弁護人に聞かれうなだれながらこう答えた。

【画像】うつむいたまま表情を変えずに検察の論告を聞いていた優里被告

え、どういうことだろう、と咄嗟に思った。
5歳11か月で命を落とした結愛ちゃんは、長期にわたり雄大被告から身体的にも暴行を受けていたとされている。であるならば一緒に暮らしていた母の優里被告が、たったの2度しか暴行を見ていないなどということはあり得ないだろう?

聞き違いだろうか。

優里被告によれば、優里被告が初めて雄大被告が結愛ちゃんに暴行しているのを見たのは2016年11月だと言う。それは二人が結婚して半年が過ぎたころだ。

優里被告は2012年3月、一度目の結婚で19歳のとき結愛ちゃんをもうけた。22歳で離婚し、2016年4月に雄大被告と再婚した。職場での出会いだった。結愛ちゃんはそのとき4歳。はじめ雄大被告になついていたという。雄大被告を「おにいちゃん」と呼び、「膝に乗ったり甘えたりしていた」結愛ちゃん。雄大被告もスキンシップをたくさんとって「仲が良かった」。

優里被告が証言台の前で語る雄大被告との出会い当時の様子は、もうこの世にいない結愛ちゃんのことを思うと空しく辛い。それが、すべての始まりであり、終わりの始まりだった。雄大被告の膝に乗っていた結愛ちゃんはそれからたった2年で死んでしまった。がりがりに痩せてあばらが浮き、全身に170もの傷を負って。

「わたしが社会に出たとき無知だったので雄大はすごく幅広い知識を持っていて、そういうのを教えて欲しいと思いました」
「前の夫は同い年で、雄大は8個上。なんでも教えてくれました」

雄大被告に大きな信頼と尊敬を抱いた優里被告。

その感情はいつしか雄大被告に結愛ちゃんのパパになってほしいとの強い願いに変わっていった。
優里被告が夢見たその家庭像は「結愛が一番楽しく過ごせる家庭」だった。
働きながらシングルマザーとして結愛ちゃんを育てる優里被告の心の支え、それは結愛ちゃんの存在だった。
「とにかく結愛の笑顔を・・・見るのが仕事の疲れを癒す感じだったので・・・、結愛が楽しくなるのを心がけて生活していました」。法廷で優里被告は声を詰まらせた。

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最終更新:9/12(木) 21:37
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