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<原発・福島のいま>双葉の農業再生、夫の分も 避難先で野菜作りに挑戦

9/13(金) 10:37配信

河北新報

 東京電力福島第1原発事故で全町避難する福島県双葉町が役場機能を一時置いた埼玉県で、町民の農業鵜沼久江さん(66)が1人で野菜を作っている。「福島の人間が頑張る姿を知ってほしい」と、スーパーでの直売や学校給食向けの出荷に励む。古里の農業再生に役立とうと、町にも足を運ぶ。

 鵜沼さんが耕すのは、同県加須市に構えた自宅に近い久喜市に借りた約60アールの畑。収穫したナスなどを久喜市のスーパーの産直コーナーに並べるのが日課だ。

 顔写真を入れた「双葉ゆめやさい」のシールを貼り、避難中であることも説明する。「『今日も待っていたよ』とお客さんに言ってもらえるのがうれしい」

 双葉町では、2017年2月に68歳で亡くなった夫の一夫さんと牛繁殖と稲作を営んだ。11年3月の原発事故で牛50頭に「すぐ戻るからね」と言って別れ、埼玉県に避難。町民の避難所になった加須市の旧騎西高に身を寄せた。

 同年6月、「農業しかない」と久喜市に小さな田んぼを借り、夫婦でコメ作りを始めた。双葉町の農家にも声を掛け、初めて野菜作りに挑戦。「双葉に戻っても畜産はすぐにできない。ハウスで野菜栽培はできるので、技術を覚えたかった」と鵜沼さんは振り返る。

 担い手不足から耕作を頼まれる水田が徐々に増え、面積は約5ヘクタールになった。「賠償金があるんだから働かなくていいんじゃないの」。現地で心ない言葉も掛けられたが「本当の姿を知ってもらいたい」と、かえって作業に熱が入った。

 そんな中、一夫さんが病に倒れた。直後は途方に暮れたが、野菜栽培に絞って営農を再開した。「忙しいが、毎日やることが必ずあるのが一番いい」と言う。

 地産地消で地元食材を活用する加須市の学校給食にも協力する。一夫さんは生前「人々の偏見を和らげたい」と、野菜などを納入する地元農協の直売施設に掛け合っていた。コマツナ、ネギ、ジャガイモ、ナス…。まとまった量の確保は大変だが、子どもたちの笑顔を想像し、やりがいを感じる。

 気になるのは古里双葉の営農再開の行方。町が来春の避難指示解除を計画する区域の農地保全を担う組合に参加。作業時は300キロ近い道のりを車を走らせる。今月2日には野菜の試験栽培の作付けに加わった。

 「双葉町で野菜を作りたい」と願うが、埼玉で安全安心に敏感な消費者に触れ、簡単でないことも分かっている。「消費者がどう受け止めるかが重要。売れる工夫を真剣に考えなければならない」。揺れる思いを抱え、野菜と日々向き合う。

最終更新:9/13(金) 14:51
河北新報

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